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目覚めなければいい その6 08.10.26



「へえ~、こりゃあ思ったよりも中、広いんですねぃ」
「…んむ…難儀だぞ…」

真選組副長土方十四郎と沖田総悟だ。
初めての吉原桃源郷である。
制服と警察手帳で無事に大門を通過出来たものの、右も左も分からない。
思った以上の広さと猥雑な店の多さ…土方は大きなため息をつく。


彼らはこの吉原に逃げ込んだらしい賊の逮捕の為、下調査としてやってきた。
見た目や雰囲気は地上のかぶき町と大差ないように思えるが、
空が無いというのは思った以上に圧迫感を感じるものである。
見上げても太陽も雲も無い。
あるのは灰色のメタリックな天井とそこを縫うように走る水道管と電気配線…
そしてきらびやかなイルミネーション…

この時間なら地上ではまばゆいばかりの日の光に目を細め、
額ににじむ汗にふく秋風が、涼を呼んでくれるはずなのに。
見渡す限り、うんざりするほどの大小さまざまな風俗の店が立ち並んでいる。
そこにきらきらとそびえ立つ、三日月と兎のオブジェ。

ここが常夜の街、吉原桃源郷なのか…
この街から、たったひとりの賊を探し出すのか?
よくもこんな所に逃げ込んでくれたもんじゃないか!
通行手形をよく手に入れたもんじゃないか!
あん?コノヤロ~!

数日前、近藤と土方は警視総監松平片栗虎に呼ばれて説明を受けた。
かぶき町に潜んでいた麻薬の売人Xが、吉原桃源郷に逃げ込んだという情報が入ったのだ。
このXは地球人には致死量に当たる薬を大量に売りさばき、多くの死者を出したことから、
どうも天人であるらしいとの噂が流れ、真選組にも調査依頼が来た。
そこで、まずは…と土方と沖田が出向いたのだが…


「あらあ、真選組の隊服を着てるそこのお兄さん方!
ウチで遊んで行かない?それコスプレ?」
「ねえ、サービスするわあ、お武家さまあ~」
「あらあ、茶髪のお兄さんも素敵ねえ」
格子窓から遊女たちの腕が伸びてきて土方が腕を掴まれてしまう。
何度も振りほどくがキリが無い。

「ああ、ああ今日は仕事だ。遊んでやる訳にいかねえんだよ」
「ああ、ああ後で行きやすから、待ってて下せえ」
「きゃああ、待ってるわあ~」
「必ず来てねえ~」
「へいへい~」
総悟の満面の笑み。
手まで振っている。
信じらんね!


「お姉ちゃんAは巨乳、お姉ちゃんBは色っぽい唇、
お姉ちゃんCはクッション並みのケツ…とぉ」
「んなコト手帳に書くな!」
「あれえ土方さんてば、その気にならねえんですかぃ?
可愛い女ばっかりじゃねえですか!信じらんねえな」
「信じられねえのはお前の方だボケ!今日は仕事で来てるのを忘れたか?
ふざけるのもいい加減にしろ!」
「何言ってるんですかぃ土方さん!男じゃねえな」
「ああ?何を…」
沖田は土方の耳元でそっとつぶやく。
「……………遊女たちと遊ぶと、情報が入ってくるかもしれやせんぜ…?」
「…!」


総悟が言うことも一理ある。
正攻法でだけで賊が捕まるとは限らない。
それも地下へ逃げることまで頭が回る奴らしいではないか。
これは捜査方法をもっともっと練らなくてはならないな…と土方はタバコに手を伸ばす。

「じゃ3時間後にこの兎の像で待ち合わせって事で~」
「ああ?待て、総悟!総悟!」
土方の声も空しく総悟はさっさと消えて行ってしまう。


「ああ?どうしろと言うのだよ…まったく…」
ひとり残されて土方は憤慨する。


怒りに肩を上げた所に、少年たちが走ってきた。
真横を走り抜けられ、土方は体勢を崩す。
「おおおっと」
土方は火を点けようとしていたタバコを落としてしまった。
「あ、スミマセン~、おじさん」
「何だとお?おじさんだとお?」
怒りに振り返り際、土方は雷に打たれたような衝撃を受ける。
それはいきなり土方の胸を貫いた。
な、なんと…!


「はい」
「ああ、どうも…」
落したタバコを拾って手渡すと銀時は走り去る。
後に続くは小太郎と晋助、晴太だった。
少年たちは笑いながら、あっという間に土方の前から居なくなる。
一迅のつむじ風のように。


……何だったのだ?今のは…
まだ10歳かそこらだろうか? 
まっ白い髪に白い着物、朱を帯びた目の色…
何故ここ吉原に子どもが居るのか?
遊女たちの子なのだろうか?

……そこで土方は気がつく。


そうか…陰間か…色子なんだな…


土方は銀時に手渡されたタバコを咥えたまま、
火も点けずにつむじ風の去った方向を睨みながら、その場に立ちすくんだ。






屯所に戻ってからも土方はあの白い少年が目の前にちらついて仕事にならなかった。
ふわふわとした白い髪を、朱がかかった瞳を思い出しては悶絶している。

あの子はどこに居るのだろう…
どこへ行けばまた会えるのか…

そればかりが気になる。
会いたい。もう一度。
…だがマズい。ショタだったのか俺は俺は俺は…?

土方は屯所の自室で空ばかりを見上げている。
こんな青い空が出ているというのに、
あの子らはこの空の下で遊ぶことも叶わないのだな…
あの兎の像の付近で遊んでいるのだろうか?
ちゃんと食べているのだろうか?
4人ほど居たけれど、皆、色子なのだろうか…?


「で?この件なんですけど…こちらの報告書でいいですかねえ?」
「ああ、山崎、それでいいから」
「え?これでいいんですか?」
「いいと言っている。そのまま提出しろ」
「へい、副長…あの……どっか加減でも悪いんですか?」
「あん?どこも悪くねえよ。何でだ?」
「だって…(俺を怒鳴らないんだもん。おかしいに決まってるよ?)
…あ、そすか、じゃあこれで…」
山崎は雷が落ちる前に…と早々に土方の部屋を後にする。
そして沖田と廊下ですれ違った。

「土方さ~ん…あれ呆けてる、どうしたんですかぃ?
吉原に、可愛い娘でも見つけたんですかぃ?」
「そ、総悟!(え?俺、呆けてるのか?)な、何を言ってる!(汗)」
「ふふ~ん…どうやら図星ってかぃ」
「総悟テメエは…ととと、お前は何か情報でも掴めたのか?」
「いんや、まだですけどねぃ…可愛い子なら見つけましたぜぃ」
「お前は!ちゃんと仕事しろと言ったはずだ!」
「仕事しましたよお、だからあ可愛い子見つけてもね、しけこまないで帰ってきたんでさあ。
本気で遊ぶ気なら3時間で戻りやせん」
「……まったく!」
総悟はいつものように土方をからかうように喋っていたが…

「でも土方さん…」
「あんだ?」
「吉原桃源郷の通行証…俺、買おうと思ってるんでさ」
「は?」
「仕事じゃなくて会いたいって…へへ、ちょっと思ったもんで」
「…そ、そうなのか?…」
「へい…ちょっと酒でもって入った店にね、まだ見習いの少女が居たんでさ。
そいつ、赤いチャイナ服を着てヘンテコリンな中国言葉を使うんですが、
なんかこう…いいなって思って…また会ってみたいって……へへ…」
沖田は普段の生意気な態度から想像もつかないほどの赤い頬をして照れる。

「先輩ホステスの陰で小さく笑うんですけど…その顔がどうにも寂しげに見えてならねえ…
ありゃあきっと訳が有るんだ…それを聞いてやりてえって思って…」
「…ふむ…」
「だから通行証買えばオフの日に会いに行ける」
「ふむ…」
「金ならいくらでも出そうと…」
「ふむ!」
「ダメですかい?土方さん。必ずオフの日だけ遊びに行くってことで…」
「ふむ!許す」
「ほんとですかぃ?」
「ああ、許す。だから買い方を教えてくれ。俺も買う」
「はああ?」

陰間として働くには何か余程の訳があるのだろう。
総悟の気持ちと同じだ。
俺はどうしてもあの少年に会ってそれを聞こう。




土方は決心した。
吉原桃源郷の通行手形を買うのだ!










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目覚めなければいい  その5 08.10.19





寺田屋は他の妓楼と違い、見た目もただのスナックだ。
一階では普通に酒も食べ物も出す。
そこに横丁で引っ掛けてきた男を連れて女がやってくる。
「引っぱり」と呼ばれる遊女だ。
一杯飲ませて商談が成立すると2階へ上げる。その部屋を寺田屋が貸すシステムだ。
常連の引っ張りが数人いる程度の、小さな見世なのだ。
だが銀時らは、夜はこのスナックに入ることは禁止されている。

銀時ら陰間がこの寺田屋に居ることは表向きは秘密にされているのだ。
が、影の要望は意外と多く、毎夜のごとく代わる代わる部屋に上がっているのだった…


まだまだ「そういうこと」を知らない年齢だった。
だが男たちが一夜限りの女を買いにこの地下へ降りてくるのを見、
奥の部屋から漏れ聞こえる女たちの声を聞き、
そういうことは自然と覚えてしまった。
そして男たちの手によって教えられた「色子としての技」は、
まさに生きてゆく術であった。

痛みも恥ずかしさも屈辱も押さえて微笑み、客の前にすべてを晒す…
そうこうしているうちに彼らも吐精することを覚えた。
全ては、先生が戻られるまで…辛い日々でも束の間の幸福と希望に支えられて生きてきた。
なのに、その先生は捕えられ、処刑されたと言うではないか!



銀時は長谷川がお登勢に話すのを聞いてしまった。
スナックの暗がりで、小さい声でぼそぼそと話していたのを。

「…それは…本当のことなのかい?」
「ああ…俺の昔の知り合い…幕府のな、から聞いた。
現政府への謀反を企てた疑いで逮捕されていた数人の中に
確かに吉田松陽の名前があったそうだ。
そいつら全員…先日死刑になったそうだよ…」
「……そう…かい…」
「どうする…もちろん言わないでおくんだろうね?」
「そうだね…言わない方がいい…時が来るまでは…」「て…いつまでだい?」
「いつまでも…だよ」

長谷川は大きく頷くと行ってしまった。
残されたお登勢が、声を立てずに泣いていた。
その肩が揺れるのを見ながら、銀時は茫然とした。
そっとそっと足音を立てずにその場を後にする。
ショックで気がおかしくなりそうだったが必死で階上へ上がると、
小太郎と晋助が布団の上で漫画雑誌を読んでいた。

「おう銀時。何だって?今日はお使いは何を買ってくればいいって?」
「帰りにアイスでも買いたい…」
ふたりは飛び込んできた銀時の蒼白な顔に驚く。
「銀時、どうした銀時!」
「…あっ…あ…ああああん」
「銀時!銀時!何があった?しっかりしろ!」
「どうした?銀時?」




「……そんなこと…信じられない!だろ?ヅラ!」
「……」
「嘘だと言えよ、銀時!嘘だ…と!この…!」
襟繰りをつかんで、晋助は銀時を揺さぶる。
「嘘だあああ…先生、あああん!」
「ああん…!」
「ああ、嘘に決まっておる」
小太郎が立ち上がった。
「…?」
「良く考えてみろ。松陽先生がそんな大それたこと…
現政府に楯突くようなことを企てていらっしゃったなど有り得ないではないか。
穏やかで誰にでも均等に優しく思慮深い先生の御心映えは、
俺たち塾生が誰よりも知っていることである。そんなことは嘘だ」
「…で、でも…あの長谷川が言ってた…」
「何を言う銀時。あの前科者の長谷川と我らが吉田松陽先生と、どちらを信ずるというのだ。
お前の目はどこを見ている」
「…そう…だよな、ヅラ!せ、先生は…死んでない!」
「ああ、晋助。先生は生きていらっしゃる。必ず…俺たちを迎えに来て下さる…」
「…だよなあ、そうだよなあ!あの長谷川め、嘘をついてるんだ、嘘に決まってる…」
「そうだ銀時!俺たちは…先生が…迎えに…来てくれるまで…
ここで力を合わせて……生きて行くんだ!」
「うん…うん…!」
「先生の…お帰りを…待つんだ…」
「…うん…ひくっ」
「きっといつか…迎えに来て下さるよ…」
「…う…ん…」
小太郎の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
晋助も泣いている。
銀時も泣いていた。
3人で抱き合って泣いた…
いつまでもいつまでもいつまでも泣いた…

そうして3人はここで色子として働くことを決意したのだ。




コツンと小さな音がした。
銀時らの部屋の窓に小石がぶつかった音だ。
「あ、全ちゃんだ、きっと!」
窓の鍵を開けるが早いが忍者装束に白いマフラーを巻いた服部全蔵が顔を出す。

「ほれ、今夜はマッシュルームピザでござい!」
「いやっほう、やったああ」
「あれ?もう支度してるんだな?大丈夫かな喰っても」
「うん、大丈夫。ちゃんと後で紅を足してもらうから」
「そうかい。それとこれ、ジャンプの今週号」
「うわあほんと?もう読んだの?全ちゃん」
「おうぜ。やるよソレ」
「サンキュ、全ちゃん!」
「じゃな!まだ配達が有るんだ。あばよ」
びゅうっと音を立て、風のように忍者服部は消えた。

いや忍者装束なのはユニホームだ。
彼は忍忍ピザという宅配ピザ屋でバイトしているのだ。
毎週月曜日か火曜日あたりにやってきてはジャンプを置いて行ってくれる。
そしておまけにピザをこっそり持って来てくれたりする。
その彼は日中は地上の「未来が読める少女」として有名な阿国という女の子の下で雇われ用心棒をしているということだ。
彼は宅配業者専用のパスを持っているので、地上と地下を自由に出入りすることが出来る。
だから地上でしか売っていないジャンプを彼が持ってきてくれるのを、
銀時は非常に楽しみに待っているのだった。

どんな表情をしているのかも分からないほど長く伸びた前髪…
だが思いの外子どもに好かれる性格のようだ。

「まあ、俺に出来ることはこれ位しか無えからなあ…」
ひとつ小さくため息をつく。

今夜も彼らは金で買われて、男たちの餌食になるのだろうか…
痛みや屈辱に泣いたりしないのだろうか…
服部は建物の屋根から屋根へと、宙を飛び跳ねる猫のように敏速に移動する。

少年たちが喜ぶなら、ピザを一枚店からくすねるなんてこたぁ容易なことだ。
漫画本を届けるなんて容易なことだ…
おっとっと、地上と違って、天井にぶつからねえように飛ばなくてはならねえなあ…
容易じゃねえぞ、こりゃあ…


「うめえ!ほら晋助」
「うん…あ、あちちっ!」
「慌てんぼうだな、晋助は…おっとあちちっ」
3人は全蔵が持ってきてくれたピザを頬張りながら、
ジャンプを回し読みして過ごした。
そして満腹で幸せな眠りについた。



その夜は誰も呼び出されることはなかった。













 
目覚めなければいい  その4 08.10.13





日輪の部屋でお菓子をもらってひと時遊んだ後、
銀時らは晴太と次の約束をして寺田屋に戻った。
そろそろ見世がたて混んでくる時間になる。
通行手形を持った男たちとすれ違う時間となった。


銀時らは一張羅の着物に着替える。と言ってもそれは、
遊女たちが着る襦袢で、丈を直してもらった物なのだが。

そこに寺田屋の用心棒兼男衆である京次郎がやって来た。
彼は元は任侠を背に纏った男であるが、主人を失ってからはこの寺田屋に来て用心棒をしている。
そして銀時らの着物を整え、化粧をしてくれるのだ。



「さて今日は誰からで?」
「俺…」
銀時が手を挙げる。
昨夜は晋助だけが呼ばれたが、今夜は晋助を立たせる訳にはいかないと銀時は思っていた。
「なに?今夜は俺が行くつもりだ。まずは俺からやってもらう」
「うるせえよ、ヅラ!俺が先だ!」
「何を?俺だ!」

晋助も負けていない。
晋助はふたりの気遣いがうっとおしかった。
俺は平気だ、と言いたかった。
いつも3人で仲良くしなさい…大切な先生が残していった言葉が甦るが、
それとこれとは別だと考えている。
3人が掴み合いになる。

「へえへえ、では銀時から…順番でござんすよ」
京次郎は3人のやり取りにその口元を緩ませる。

京次郎の手は、かつては剣を握っていたとは思えぬほど器用であり、美しい。
その馴れた手つきで顎を持ち上げられ、紅筆を当てられる。

「じっとしていてくだせえよ…」

銀時の肌は白粉を乗せなくとも十分に白かった。
瑞々しい薄い唇に朱を乗せると一層映える。
頬紅も、目もと周辺に淡くぼかす。
ふわふわとした白い髪に櫛を入れ、紙を一枚咥えさせて紅を落ち着かせると銀時が目を開けた。
化粧を施された銀時は一層その白さを増して美しく仕上がった。
先ほどまでの、死んだ魚のようなぼやんとした目つきでは無くなる。
まだ幼さの残る体型と顔つき、だがその眼の奥に宿る芯の強い光。
これらが相乗すると銀時の美しさがなお一層映えるようになる。
首も胸も手足も、女よりも白いのでは?という程に透き通っている。
この危うい銀時の様子に男たちが溺れるのも納得、と京次郎は思う。


「へい…出来やした…」
「では次に、俺を…」
小太郎が進み出た。
「俺だってば、ヅラ!」
晋助が横入りしようとするのを京次郎が止めた。
「晋さん、待ちなせえ。順番と申し上げたはずです」
京次郎の凄みのある目が晋助を黙らせた。

「小太さん、後を向いて…」
京次郎が小太郎のその長い髪を丁寧に梳る。
ポニーテールに結い上げ、元結で縛る。
紅は真紅。
黒い髪に映える。
眉を書き足し、眼尻に紅くアイラインを入れる。
小太郎の着物はいわゆるお小姓姿だ。
鶯色の絹羽二重の着物に袴。その出来上がりは少女と見まごう美しさだった。
ちらりと見えるその首筋の白さと細さにはどんな男でも堕ちるだろう。


晋助も同様に唇に朱を乗せてもらい、頬紅を多めに差す。
どうも晋助は疲れが顔に出やすいようだ。
一層濃く肌色も乗せる。
アイラインを足すと切れ長の目元が強調され、
長い睫毛が頬に影を落とすと晋助も少女のように美しい。
艶の有る髪にも丁寧に櫛を入れてもらい、襟元も整える。


これで準備完了。
京次郎は出来上がった3人の様子を丁寧に見渡す。
そして一度だけにこりと微笑んだ。

「布団の上で暴れないように…帯が緩んでしまいますからね…
物を食べたり飲んだりして紅を落とさぬように…
では今夜も無事にお勤めなさりますよう」

いつもと同じ口上を述べ、小さくひとつお辞儀をすると京次郎は持ち場へ戻っていった。
その5分後にはもう布団の上でじゃれあう3人だったのだが…

綺麗にお化粧されても嬉しくも何ともないし、着物は着ていてつまらないものだし、
出来ればこのまま寝てしまいたいのだが、これも彼らが出来る唯一の仕事となれば我慢も必要だ。
ここに置いてもらうには、せめて自分たちの食いぶち位は…とヅラが言い出したことだった。



「すべてをお登勢さまの好意に甘じていては侍たるもの、申し訳が立たん。
先生がお戻りになるまで、俺たちはここでお手伝いをしなければならぬと思う。
幸いにも…その…男の子どもが欲しいという大人がおるらしいので、俺たちは…その…」
「陰間として働こうってことだよね」
銀時が口を挟んだ。
「いいよ。ここはそういう見世なんだってね」
無言で晋助も頷く。
「先生が…戻られるまで…俺たちは…力を合わせて生きていこう…」



3人は目を合わせて頷き合った。










 

★まずは今日は
坂田銀時くんのお誕生日です!

「おめでと~、銀さん!」
叫ばせてね。
こちらへもどうぞ

http://mizukijoe.blog96.fc2.com/

あ、拍手ありがとうございます!(泣)
完成まで頑張りますね!


では 



目覚めなければいい  その3 08.10.10






「やっほう、晴太!」
「おおい、銀時~、ヅラ~、晋助~!」
「ヅラじゃない、桂だ」
もう誰も相手にしない。晴太は手を振っている。
後ろには大きな兎のオブジェが建っている。

晴太もこの吉原桃源郷に住む少年だ。
両親は居ない。
この吉原で働いていた遊女が命を賭してこの晴太を生んだが間もなく死亡、
だが吉原で生まれた子どもは、ここで働く全ての遊女たちの生きる喜びとなる。
幼い内にここへ売られてきた哀しい事情を抱える多くの女達。

商品として扱われ、女という性を操られ、だが子を生み、子を育てるという
女としての幸せを一生手に入れられない。
子を孕んだ段階で見つかるとその場で処理され、
運よく生むことが叶っても子どももろとも処分される立場にあったのだ。
だから晴太が生れた時の、遊女たちの喜びは大きかった。
全ての遊女たちが「母」となり、
必死で隠しながら育てていたが、楼主の鳳仙に見つかりそうになった所を、
太夫「日輪」が晴太と共に吉原脱出を試みたが失敗に終わった。
だが間一髪、ひとりの老人に晴太を渡すことが出来、命だけは助けることが出来たのだが
その後老人は死亡。
どうしても母に会いたいと願う晴太はこの地下への侵入に成功し、
現在は日輪の元で暮らすことが出来るようになった。

その間、鳳仙との間でざまざまな紆余曲折があり、
罰として日輪は両足首のアキレス腱を切断され二度とその足で立てなくなってしまっている。
だが日輪と晴太の必死の説得の甲斐があり、
今ではその鳳仙も、まるで晴太の祖父のように温かくふたりを見守ってくれている。
実の親子ではないが、実の親子以上の絆が結ばれたふたり…
晴太は日輪を母と呼び、日輪は晴太を息子と呼べる、
成さぬ仲ながらも幸せな日々が続いていた。



「今日は時間ある?晴太。仕事は?」銀時が問う。
「うん。仕事は休みだ。後で母ちゃんが部屋へ遊びにおいでってさ」
「うほ~!かつての吉原一の花魁の部屋へか?スゲ!」
「あはは、違うって。私室だよ。お菓子くれるって」
「うほ~!やったぁ。お前の母ちゃん日本一!」

晴太はおもちゃ屋(大人の)の店番として働いている。
ここ吉原では子どもたちも働かなくてはならない。
晴太と銀時らは、お互いの無い時間をやりくりしてよく一緒に遊んだ。
年齢が近いということも、吉原では子どもが少ないというのもあろうが、
やんちゃ盛りの男の子4人が集まるとまずはこの行事が待っている。
この吉原桃源郷のシンボルとも言うべき兎のオブジェに登ることだ。



銀色に輝く三日月。その上に飛び跳ねる兎。
夜兎族である楼主鳳仙が建てたものだ。
口にはその夜兎族必携の傘を咥えている。
地下遊郭の象徴とも言えるこの巨大な像は吉原桃源郷のほぼ中央に設置されている。
きらきらと輝くその銀色のオブジェ周辺は銀時らの恰好の遊び場だった。

兎はかつて先生らと共に暮らした田舎にはたくさん居た。
よく追っかけまわして遊んだ。
だから小太郎はこの兎の像を見るたびに、遠く松陽先生との楽しかった日々を思い出して涙が出る思いがした。
だがその気持ちを無理やりにねじ伏せる。
真っ先に兎の背まで登りつめた銀時は、まだのろのろとよじ登る晋助を大声で呼ぶ。
「晋助~、早く来いってば!」

晋助は高い所が怖いのだ。
ぐずぐずとしている。
次に上がってきたのは晴太だ。次に小太郎。で最後に晋助。

「いい眺めだよな~」
「きゃはは」
4人は大声で笑い合う。
晋助の声だけは小さいけれど。

「こらあ~!また!お前たちはあ!」
「やべ!月詠姐だ」
「危ないっていつも言ってるだろう?まったく!」
オブジェの台座の下から月詠が怖い顔で叫んでいる。

だが4人はお構いなしだ。
足をぶらぶらさせながら小突き合って笑う、
着物を引っ張り合う、じゃれあってもつれる。
「降りて来い~、こらあ~!」
月詠の声は4人の笑い声にかき消された。

この時間が、4人にとって最も楽しい時間だった…



「いつも晴太と遊んでくれてありがとうね」
日輪が微笑む。隣には先ほど叫んでいた月詠が立っている。
まだ怖い顔をしているが。

日輪は車椅子に乗っていた。
アキレス腱を傷つけられてから自分の足では歩けなくなっているのだ。
だがその微笑みはさすがに吉原一の花魁と呼ばれるにふさわしい、
優しくそしてその名の通り太陽の輝きにも似た、明るいものであった。
ここ地下遊郭では決して拝むことの叶わない、本物の太陽にも勝るほどの…


「さあ、食べてね」
「うわあい、んまい棒だあ~!おれコレ!」
「頂きますでございます、日輪さま…(ペコリ)」
「ありがと…うです…」
「んじゃキャッチボールしようぜ、ほらボール」
4人は口をもぐもぐさせながら、さっさと暴れ始める。
「ああ、もう~、こぼすんじゃないよ、もう~!」
「うふふ…いいじゃないの、月詠。元気が一番」
「でも掃除が…ああ、こらあ~!」
「ほら、こっち投げろよ、銀時~!」
4人の暴れまわる様子を見て、月詠はため息をつくが、
晴太たちを見守る日輪の横顔に、月詠は心底安堵する。

こんな日輪の笑顔を見る日が現実に来ようとは…

月詠がここへ売られてきた時には日輪は既に一人前の遊女だった。
禿と呼ばれるまだ見世にも出られない見習だった頃から、月詠は日輪の側に居た。
だが幼い月詠は自分の運命を受け入れられず、
連れてこられた妓楼でも逆らってばかりいたので、
先輩遊女亀吉に殴られ傷ついた所を日輪が介抱してくれたのが始まりだった。


「何が気に入らないか知らないけどね…ちったあ笑ってみたらどうだい?
よく見りゃ可愛い顔してんのに…」
手を縛られ、折檻部屋に転がされている月詠に、握り飯を持ってきてくれたのだ。
「…こんな所イヤじゃ!こんな所に居たらわっちも商品になり下がってしまうじゃないか!
こんな不自由な所、牢獄と同じじゃ!そんなら殺された方がマシじゃ!」
日輪はくすりと笑って月詠の傷をそっと拭く。

「牢獄ねえ…そんな事を言ってる奴はねえ、自分で自分の心に檻を作っちまってるのさ。
そんな奴はね、地上だろうが地下だろうが本当の自由なんて掴めないんだよ。
逆らってるヒマが有んなら、その檻ん中で自分自身と闘いな」

そう言った日輪の目は死んでいなかった。
こんな事を言う人間に会ったのは初めてだった。
だが月詠はこの後に起きた事件に更に目を丸くする事となる。
月詠を殴った先輩遊女亀吉を、日輪が殴り返しに行ったというのだ。


先日の自分と同じように、後手に縛られ、
折檻部屋に転がされている日輪にこっそりと会いに行くと…
「その握り飯…食わせてくれないかい?」

月詠の心に温かい日の光が差し込んだ瞬間だった。
月詠は先日の礼にと、握り飯を持って行ったのだ。
だがまだ幼い月詠の作った握り飯はきちんと握られず、崩れたひどい代物だったが、
日輪は喜んで食べてくれた。
この笑顔…この日輪の笑顔こそが、吉原全体を照らしているのを月詠は悟った。
辛い日々に耐えて生きる遊女たちの心をいつも明るく照らし続けている存在が日輪だった。
皆がその笑顔につられて笑った、笑った…
まさしく日輪はここ吉原桃源郷の太陽だったのだ。
そうして月詠は決心する。

この日輪を護る存在になろう、と。

月詠は自分の顔を己で傷つけ、遊女としての価値を落とし、
この吉原を護る「百華」という自警団を創る。
病気や怪我で働けなくなった女たち、処分されるのをただ待つことしか出来なくなった女たち、
脱走を試みて捕えられた女たちを集めては、
自分と同じように顔に傷をつけて「処分完了」と報告し、この自警団に匿った。
だが日輪は晴太を逃がした罰として鳳仙にアキレス腱を切られてしまい、幽閉されてしまう。

「子どもを殺すのも何もかも、お前の決心次第ということなんだぞ?え?日輪」
鳳仙に突きつけられた刀に、日輪は頷くことしか出来なかったのだ。

両足が動かなくなってからの日輪は、笑うことがなくなった。
見世にも出ることはなく、盲目的で偏狂な愛に取付かれた鳳仙にのみ、
その身を抱かれる日々…

…幸せに成長しておくれね…
日輪の、ただひとつの願い。


その子どもが晴太だ。
その晴太が地下へ侵入した辺りから、日輪の身辺は慌ただしくなる。
月詠と鳳仙らの決死の闘いの後、やっと前と同じ笑顔が日輪に戻ってきたのだ。
やっと穏やかな日々が戻ってきたのだ。


今までも、これからも…わっちが護るのは日輪だ…
日輪の幸福だけだ…
月詠の精神は未だ揺らぐことはない。












 
その2 10.6




「おはよ、ババア。お、銀ちゃん」
「おはよう、神楽。お疲れさんだね」

神楽と呼ばれた少女は、チャイナ服に丸くまとめた髪、
大きな目をしていつも傘を手にしている。
透き通るような白い肌をしているが彼女はこの地球人ではなく、
天人の種類である夜兎族の一人であった。
夜兎族はその戦闘能力の高さから周囲から恐れられていて、
この吉原桃源郷の楼主である鳳仙も夜兎族と聞いている。
日の光に弱い種族なので、この地下に妓楼を立てたのも地球で生きて行く手段でもあった。

神楽は近くにあるキャバレーで、見習いとして働いていた。
母は亡くなり父と兄が健在だが、反りが合わずひとりで暮している。
黙っていれば可愛らしいのだが、その口の悪さが玉に傷…
神楽は銀時の前にあった牛乳を勢いよく飲み干してしまった。

「あ、コノヤロー!」
「い~だ、うるさいアル!あ、ババア、もう一杯ネ」
「何杯でもやるから、銀時のを取るんじゃないよ」
「あい~アル」
「ふん、この大飯喰らい!」
「何アル!」
銀時は神楽の腕にしがみついて抗議したが、軽く交わされてしまった。
いつも掴み合いの喧嘩をしている二人だ。
なのにいつも勝てない。
くそお、いつか俺が大きくなったらきっと…!と銀時は歯噛みするが、
開いた玄関から入ってきた少年に頭を撫でられてしまった。
「おはよう、銀時くん。今日も元気そうだねえ」

この少年は新八と言う。
少年といってももう16歳で、銀時よりも背が高い。
神楽の働く店で彼の姉、妙はホステスとして働き、新八もその店の裏の手伝いをしていた。

彼らの住処であった地上の道場は、
彼らの努力もむなしく固定資産税の未納で取り上げられたが、
今は剣術学校として利用されているという。
ふたりはそれを機に地上を棄て、この地下の盛り場で働くことにしたのだった。
新八は実の弟のように銀時の世話を焼き、おやつを持ってきてくれたり、
竹刀で剣の相手をしてくれたりするので銀時もよく懐いていた。

「おい新八。今日は何持ってきてくれたの?イチゴ牛乳かあ?饅頭かあ?」
「ごめん~、今日はナシ」
「ふん、ケチンボだな!だからお前はいつまでも新八なんだよ!」
「何におう、新八で悪いか!というか馬鹿にすんな」
遠慮なしに会話が出来る関係はまさしく兄弟…
だがいつも新八の方が負けている感じがするが、
こういうのも懐くというのだろうか?

「あらん、銀ちゃん、おはよう~うふん」
入ってきたのは眼鏡に長髪、巨乳の猿飛あやめ、通称さっちゃんである。
彼女は近くの「くの一カフェ」で働いていた。
いつも馴れ馴れしく銀時に触ったり抱きついたりしてくるので大の苦手だったのだが、
さっちゃんの方は一向に気にしないようで今朝も銀時にベトベト抱きついている。

「ねえ、銀ちゃん、銀ちゃんがもうちょっと大きくなったらねえ、アタシがねえ、
筆おろしをしてあげるからさ、
うふん、それまで悪いお姉さんに引っかかっちゃたりしたらダメだからねえ~」
「ああ、もううるさいってば!」
銀時が邪険にその腕を振り払うがさっちゃんの方はひるまない。
「悪いお姉さんってのはテメエのコトだろうがよ!
あっち行け!」
「あらん、可愛らしいわ、うふん」
「言っとくがな、俺は積極的な女は嫌いなんだよ!」
「あらん、可愛らしいわ、うふ~ん」
(なんなんだよ、このオンナ、チクショウ~)
「ほらさっちゃんも、コーヒーだろ」
「あらん、嬉しいわ、いい匂い」
ようやっと銀時から離れて、さっちゃんは湯気の立つコーヒーカップを受け取った。

猿飛あやめは幕府から派遣されてこの吉原を監視する任務を負っている。
この遊郭では地上では交わされない重要機密の話などがあちらこちらで飛び交っているので、
遊女たちからさまざまな情報を集めては地上からやってくる幕府幹部に流しているのだ。
この事実はお登勢しか知らないことなのだが。

「さあ神楽ちゃん、そろそろ行きましょう。時間ですよ」
新八が時計を見る。
ホステス達が帰った後の掃除や食物の補給、
買い出しや下準備などやることは山積みだった。

「ああ、もうそんな時間アルか…」
だるそうに椅子から立ち上がる神楽。
「私も行かなくちゃな~っとお」
さっちゃんも椅子から飛び降りた。
「皆さん、行ってらっしゃいませでございます」
たまもにこやかに首をかしげる。
「今日も一日元気でやるんだよ、みんな」

お登勢がその場を締めた。
これがいつもの「朝」だった。


がらんとしてしまった土間には、お登勢がコップ類を洗う音とたまが床を掃く音しかしない。
銀時はこのまとわりつくような静けさが嫌いだった。
自分がまだ子どもであることを痛感するのだ。
何も出来ない辛さもあるが、
自分や友達が「保護されている」ということを認めざるを得ないのがいたたまれないのだ。



自分ら3人を置いていってしまった松陽先生…
もう死んでしまった先生…
大きな悲しさがその身を包む。


「おはよう…ございます…お登勢さま…」
白い寝間着の襟を直しながら、桂小太郎が入ってきた。
胸に大事なエリザベスを抱いて…ああこれは商品名をステファン人形というのだが、
小太郎が命名したのだ。
白くて目と口が大きい、昔に流行ったオバケのなんとかというキャラにそっくりな人形。
ちっとも可愛らしくない風貌なのが可愛らしいと言うのだが、
銀時にはそんな小太郎の気持がまったく理解出来ない。
だがその人形を抱いている小太郎は可愛らしい。

大きな真っ黒い瞳に、整った口元、長くてまっすぐな豊かな黒髪を下ろしている姿は、
育ちの良い女の子にしか見えない。
事実、この風貌のおかげで小太郎を贔屓にする客も多いのだ。

「おはよう、小太郎。牛乳飲むかい?」
「はい…頂きます…」
お登勢が汲んでくれた牛乳のコップを受け取る。
「いつもありがとうございます…お登勢さま…頂きます…」

小太郎のお登勢に対する言葉はいつも丁寧だ。
かつて先生の塾で学んでいた時には彼は級長だった。
銀時、晋助と共にこの寺田屋に来てからも、級長然とした態度を崩すことはなかった。
だからウザイ、と銀時は思う。
もうここは村塾じゃない、江戸だ、吉原なんだと言うと小太郎はいつもこう言うのだ。
「銀時。物事に感謝を忘れてはならないと、先生は事有るごとにおっしゃっていたではないか」
「……」
反論するとその反論が倍以上返ってくるので、銀時は放っておくことにしている。
特に朝は。
一際、小太郎の機嫌が悪いからだ。
いや討論になることも有るけどね。

小太郎は飲むのを途中で止めてお登勢に問う。
「あの…晋助が起きたら、晋助の分も頼んでもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ、小太郎。大丈夫だからそれをお飲み」
「はい…ありがとうございます…」
こくんと小太郎の喉が鳴るのを忌々しく聞く。

まったく…コイツはもう~はい、さすがに級長さんですね、
俺はさっさと全部飲んじゃいましたよ、ええ。
空のコップを置くと、小太郎はきっと銀時を見やる。
「銀時。今日は晴太と約束した日だぞ。昼には出なければならぬ。
晋助が起きる前に掃除もしなくてはならぬ。
忙しいぞ」
「ヘイヘイ、覚えてますよ、てば」
「ではさっさと着替えなくてはならないな。さあ急ごう」
「ヘイヘイ、ヅラ級長~」
「ヅラじゃない、桂だ!」
「ヅラヅラヅラ~♪」
「待て、銀時~」

ふたりはつっつき合いながら走り出す。
カウンターの椅子をひっくり返した。
そして大声で笑っていた。


そんなふたりのやりとりを、お登勢とたまは微笑みながら見送った。















 
目覚めなければいい  




その1  08.10.3



太陽の光も届かない地下の街。
古びた家屋の一部屋で、銀時は目を覚ました。
だるそうに顔の向きを変えると、手を伸ばして「友達」を探す。
横には友達ふたりが寝ているはずだったが、今朝はひとりしか居なかった。
部屋のどこかに転がっているのかと眠い目で探してみたが、
短い黒髪のやつは見当たらなかった。
そうか…と銀時は悟る。
(「泊まり客」が入ったのだな…)
もうひとりの友達、長い黒髪の方は、
銀時に寄り添うかのように身を丸くして小さな寝息を立てていた。
そっとその前髪に触れると、うう~んと声を上げて向うを向いてしまった。
(ごめん…起こしそうになっちゃったよ…)


これが現実だ、夢じゃない… 

「ほら起きな。トマト持ってきたから」
これもいつものことだ。毎朝のように起こしに来る忍者装束に似た出で立ちの女性、
月詠だった。
「あれ…晋は居ないのか…」
「うん」
「…そう…。じゃこれ食べなよ」
月詠は小さなトマトを3つ銀時の手に乗せると、にこりとひとつ笑って行ってしまった。
もっとたくさん話していけばいいのに…と
名残惜しそうに銀時はその後ろ姿を目で追ったのだった。

銀時は受け取った小さなトマトを見つめる。
銀時らがここ江戸に来る前に居た所では、もっと大きなトマトが生ったものだ。
みんなで水をやり、成長を楽しみに観察し、
もいだ後には誰が一番大きなトマトを食べるかで喧嘩にもなった。
じゃんけんで負けたりすると腹を立て、くってかかったりするからだ。
それを微笑みながら見ている先生は、大きなため息をついていたのを思い出す。

そんな平和で楽しかった日々はもう戻らない…



すっと襖が開くと、晋助だった。
髪もくしゃくしゃで着物もやっと帯でずり落ちるのを免れている状態だった。
顔も青白く見える。寝ていない様子だ。
「おう…トマト食べるか?」
「…」
晋助は返事もせず、一度じろっと銀時の方を睨んだが、
そのまま布団の中へ潜り込んでしまった。
「ね、腹減ってない?」
「…」
晋助は頭から布団をかぶると、そのまま向こうを向いてしまった。
「…食っちまうからな」
布団の中からの返事は無かった。
しばらくして、布団が小刻みに震えているのが見てとれた。
泣いているのかもしれなかった…

何をされたかは分らないが、大体の想像はつく。
俺達のような子どもでも客は手加減などしないし、痛みや屈辱の連続のような夜の仕事は、
生きていく為とはいえ泣かずにいられない事もしょっちゅうだった。
それでも大人たちに混じって生きていく手段として、可愛らしい子どものふりをするのも、
銀時らが身につけた術でもあった。
自分たちをこの場所に連れてきた松陽先生は既にこの世の人ではなく、
かつての知り合いということでこの妓楼「寺田屋」のお登勢の元に引き取られてから、
銀時たちはここで色子として働き始めたのだった…


銀時はトマトを齧りながら部屋を出た。
外はもう朝らしく、働き始めた人達の声が聞こえる。
この寺田屋のある吉原桃源郷は、
中央暗部の手により支えられている言わば一個の国であり、
幕府から黙殺されている超法的空間だ。
窓はあっても眺める空、まぶしい太陽、そよぐ風など一切なく、
時間というものが全く分からない地下遊郭。
いや時間など有っても無くてもここで働く者たちにはもはや何の役にも立たない。
昼夜を問わずに開く店、妓楼、飲食店、飲み屋、博打屋など、
地上のかぶき町と同様の盛り場であるこの街には時間も季節も関係がないのだ。
男も女も大人も少数だが子ども達も、今日を生きるのに精一杯で、
他人のことに構っていられる余裕は無い。
そして希望も未来も無い…
この街で働く者達はそれぞれが大小さまざまな過去を背負い、
地上で生きていくことが出来なくなった者達の、言わば最後の場所だったのだ。
いったんこの街で暮らすようになると再び地上に出ることは叶わない。
地上からこの地下へやってくる客は、高い費用を払って通行手形を買い、
大門と呼ばれる関所で見せ、通行が自由になる仕組みだ。
その手形には指紋による身分証明が施されている為、
その手形を手に入れても地下の人間は地上へ出ることは不可能だった。
だが地上を棄てた人間たちには、やっと見つけたこの吉原桃源郷での暮らしが、
それなりに納得のいくもののようである。
周りの人間全てがそれぞれに深い事情を抱えているので、
一人いじける必要がないからであろう。
それでも銀時たちの周りには気の良い人物が大勢居た。
お登勢の経営する寺田屋には、その女将の人柄ゆえか、
いつも温かく銀時たちをかまってくれる大人達が集まってきていた。
今も銀時の前に男がひとり立っている。

「お~、起きたの。いいねえ、トマト」
「やらねえよ」
「いやだなあ~、銀時ぃ、子どもが食ってるのをくれとは言わないよ~さすがに俺でもさ」
(ふん…言いそうじゃん…)

黒い安物のグラサンをかけ、髭を蓄えても中身が伴わない情けないおじさんの風体な男は
長谷川泰三という。
彼は地上でもろくに働かない、いい加減な男だった。
女房に家を出ていかれ、自棄になり電車内での痴漢行為に及び、そのまま投獄された。
出所後は地上で生きるのを諦めたのか、この地下遊郭「吉原桃源郷」で働いている。
働くといっても特技も何もないので、この寺田屋では使い走りや家事を、
もそもそと手伝っていた。
彼は表を掃くのか、屋外用ほうきを手にして咥えタバコから煙を吐き出している。
(なに…やる気無さそうだなあコイツ…いつも!)

銀時はトマトをかじりながら、階下へ降りて行く。
この店の玄関にあるスナック形式の土間では、
地下で働く人々の休憩時間に茶や酒を出していた。
「おはようございます、銀時さま」
「おはよ、たま。その『様』はいらねえってばよ」
「そうですか、ではデータに付け加えておきます、
銀時さま」
「…」
銀時はそっぽを向きながら、残ったトマトを全部口へ押し込んだ。
酸っぱい味が眠気を吹き飛ばしてくれる。


たまは機械で出来たメイドだった。
抜群の器量良しで、人間なら太夫にも、と思われる。
だが天然なボケで真面目なのかいい加減なのかも判断出来かねる事を言ったりするが、
言いつけられたことはきちんと出来る優秀なメイドであり、
寺田屋では重要なスタッフの一人だ。
かつて勤めていたからくり技師の研究所は、違法のからくりメイドを多く売却したのが発覚し、
所長は自殺、その後はこのたまも廃棄処分になる所を、同じからくり技師である平賀源外に改造され、
ようやっと助かったのだ。
その後にお登勢の元にやってきた。
からくりでは見世にも出せない。
よって酌や配膳、掃除などを手伝っている。

銀時はスナックのカウンターに腰掛ける。
「…晋は戻ったかい?」
「うん、さっき」
「そうかい」
お登勢は深くひとつ溜息をついてから、そっと銀時の前に牛乳が満たされたコップを置いた。
煙草の煙を吐き出すとどこか寂しげな目で銀時を見た。
だが銀時はそれを無視した。

止めてくれ…俺はそういうのは嫌いなんだ…















 

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