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「目覚めなければいい」
08.12.29の冬コミにて発表されました
A5/182P/1000円/FC表紙/18禁
こちらの本も明輝堂さまにて委託販売中です。
3/15のイベントにも持って行きますが、在庫切れ目前です

スペ番  西2 O-12b  緋桜流



↓ 表紙絵、スペース番号はこちらかサイトへどうぞ★
「shine」のPと同じです。
スクロールをぐぐ~と下げて見てね★

http://mizukijoe.sfcgi.com/kage-oshirase1.htm





「目覚めなければいい」  その11 09.3.11




またまたぼんやりと晴れ渡った空を見上げている土方。
屯所はいつも通りに賑やかで慌ただしい。
だが土方だけは自分の想いに耽っていて…?


「ですから…副長…あの、聞いてます?」
「おお、聞いてるぞ?続けろ山崎」
「ですからねえ……ああ、もういいです!」
「ああ?そう?じゃ任せたわ、山崎」

ふ~っとタバコの煙を宙に噴き出してにこりとする土方。
その様子に唖然とする山崎。

「けっ、見てらんねえな土方さん。仕事しろよお」
「うるせえよ、総悟!」
「ああ、沖田隊長、副長大丈夫っすかねえ?」
「ああ?何がでぃ?」
「な~んかこう…優しくて気分が悪いや」
「何だとお山崎い!そこに直れ!」
「ひいい~っ失礼しますうううう~」

ドタバタと音を立てて山崎が逃走した。
その後姿をにやりとして沖田が目で追う。

「ざまあねえなあ土方さん…そんなに悦かったんですかい?例の女…」
沖田総悟は土方が狙っているのは「女」だと思っている。
その方が都合が良いかも…と土方はわざと訂正しないでいるのだ。
第一、陰間が気に入っている…などとは言えないではないか!



「ああ、まあ…な…て!ち、違うぞ総悟!」
「ぼんやり呆けちゃって…顔もにやけてますぜぃ?」
「…ち、違うううう!……て、総悟、てめえはどうした?」
「ああ…こっちも…違うってか、その…なんだ…」

ふたりで照れてしまっている。
共有する秘密を持ってしまった土方と沖田。
どちらが先に話したらいいのか…

「まあ…ちょっとだけふたりだけになりやした…
先輩ホステスが気を使ってくれたっていうか…
まあ、名前は分かりやした…『神楽』って言うんだそうで…」
「そうか、良かったじゃねえか。俺も名前は聞き出したんだが」
「でね、チラリとだけ聞いたのは…何でも吉原で修行して、一人立ちしたいんだそうです。
家族も別々に暮らしてるって話で…ひとりでも生きていけるように強くなりたいって。
大きな犬を飼っているので、その餌代も大変なんだそうですぜ?」

にこにこと総悟が笑う。
いい顔をして笑う。

「でもあんまり笑わないのが気になりやす…あの年頃の女子っぽくねえ…
やっぱり何か事情がありそうだ」
「そうか…」
「だけんど、次にも会える約束してきやしたぜ。
先輩ホステスが戻ってきたんで、また来るからって言ったら、
小さく微笑んでこくんと頷いてくれたんで…」
「ふむ…」
「土方さんの方は?ちゃんとヤれたんですかい?」
「……ヤれなかった…」
「はああ?恥ずかしいな、土方よお!」
「いやあ…ヤろうと思えば出来たんだがなあ…その………」



土方はあの晩の銀時を思い出す。
優しく抱きしめられてその温かさに酔っていると、銀時の方が先に寝てしまったのだ。
腹一杯食わしたのがまずかったのかと後悔したが、
あのイチゴ牛乳と饅頭を嬉しそうに頬張っていた銀時に、満足している。

思えば存分に食えていないのかもしれなかった。
流行っているスナック&遊郭とはどうも思えない「寺田屋」。
育ち盛りで食いたい遊びたい年頃だというのに、陰間などしながら暮らしている。
それにあの、身体のあちこちに見つけた無数の傷痕…

思い出してもその不憫さに心が痛んだ。
が、そういう気遣いは無用と言い張ったあの健気さ…しまいには、
自分のでっちあげた嘘の話に涙を溜めて、優しく抱きしめてくれたのだ…
だがやはりそこは子ども、一瞬の後にすうすうと寝息を立て始めたのだった。

その、なんとも言えぬ愛おしさ…

銀時は無防備な顔をして土方に抱きついていた。
その腕をそっとほどいて、脱ぎ棄てた襦袢を着せてやり、布団に横たわらせ、
ふわふわとした白い頭を撫でた。


どこもかしこも白い少年…綺麗だ…と目を細める。
こいつも売れっ子なのではないか?ちくりと胸が痛む。
白い頬にはわずかにあんこが付いていた。
それを指で拭い、土方は自分の口へ入れて…

「…甘いなあ……俺もなあ…」
とひとりごちた。

ただその安心しきった寝顔を見ているだけの夜だった。
だがそれで良かった。
銀時がゆっくりと休めればそれで。

また来るよ、銀時…
その時はまた、相手してくれよ…
今度はニセの弟のことなんか言い出さねえからよ…
銀時…
お前を抱きしめてやりてえんだ…


明け方近く、寝ている銀時を起こさぬよう、そっと布団から抜け出して帰った。
寝ずの番をしていたたまに、少々のチップを渡し、刀を受け取って屯所へ戻ったのだ…
その様子を心の中で反芻したが、総悟には語らなかった。


「…ただ寝顔を見ていられりゃ良かったんだ…」
「……そうすか…」
「変か?俺は…総悟?」
「…いや…分かります……同じです…」
ふたりはくすりと笑い合った。
「なんか…照れやすねえ…土方さんに話すの…えへへ」
「そう…だなあ…俺も照れくさいな、はは…」




ここは寺田屋。
そこにくるくるの天パ、丸いサングラスをかけた坂本がやって来た。

「おや、坂本さん。いつ地球にお帰りで?」
「ついさっきがよ。真っ先にアイツらに会いとうてなあ。
おお女将、いつものように今夜は貸し切りじゃ。
それとアイツらの好きな物、ぎょうさん用意してやってくれ。
金ならいくらかかってもええじゃき。ええと…それにい、わしには酒とつまみと…たまさんじゃ!」

坂本は側に居たたまに抱きつこうとする。
「私はつまみではありません」
さっと坂本の腕をかわして奥へ引っ込んでしまうたま。
機械でもそのキモさが分かるらしい。

「ああ…いつになったら気を許してくれるんじゃ、あの娘はのお~可愛いのにのお、
わしは大層気に入っとるのだがのお~」
「あはは。たまは機械で出来てますからねえ…お召しに叶いませんですみません。
早速手配しますから、部屋へどうぞ、坂本さん」
「へいへい。さあ驚かせてやろうかのお~」
「…いつもご贔屓に……ありがとうございます…」
お登勢が深く頭を下げた。



「うわあ~!坂本さん!」
「坂本さんだ!」
「坂本のおじさん!いつ帰ってきたの?」
「おお~、金時、小太郎、晋助~!元気にしとったがか?」
3人が坂本に飛びついた。
「違うってばよ!金時じゃない!『銀』だ、『銀』!あのなあ、
もういい加減覚えてくれよお~」
「おう、そうじゃったなあ~『金時』」
「…」
(たま並みだなあ、このオッサンの頭…天パだし…ああ、それは俺も同じなんだけど!
天パに悪いヤツはいないんだけど!)


「坂本さん、お帰りなさい」
「坂本のおじさん、お帰りなさい~」
小太郎も晋助も満面の笑みだ。

「おお小太郎~、どうじゃ?ステファン人形は気に入っとるがか?」
「はい!ありがとうございました!
エリザベスって名前つけたんです!もう可愛くって…」
「そうかそうか。小太郎は可愛いもんが大好きやからのお~、大事にしとうせ」
「はい、もちろんです!寝る時も一緒ですから!」
「キモイんだぜ小太郎~、エリザベスにぶつぶつ話しかけたりするんだよ。な?いひひ」
「銀時い!あ、それと…おいしいお蕎麦屋さんも教えてくれてありがとうございました。
時々ですが食べに行っています…」
「キモイんだぜ小太郎~そこの女将さんに惚れてるらしいんだよ?
うっとりした目で見上げてるの、いひひ」
「銀時いい~!何を…!」
小太郎が慌てて銀時の頭を殴りにかかる。
そう、そのお蕎麦屋の女将さんは幾松さんです。



「で、坂本さん、今日はお土産、何?」
晋助が身を乗り出して請う。

坂本は宇宙を股にかけて貿易商を営む快援隊という会社の社長だ。
普段はあちらこちらの星へ商売に出かけて行っているが、時々地球に戻ってくる。
その都度、この寺田屋へ来ては銀時らと遊んでくれていた。

3人をまとめて買ってくれるだけでなく、寺田屋を貸し切りにするほどの料金を払ってくれて、
お腹一杯に食べさせてくれて、お土産も持って来てくれる。
3人を買ってくれるといっても一緒に遊びご飯を食べ、ただ一緒に寝るだけ…
だが3人にとってはこの上なく楽しい夜だった。
3人にはもちろん、お登勢にとってもありがたいありがたい客だったのだ。



「ほら、これらはどうじゃ?」
「…刀…!」
3人が目を丸くした。
坂本の手に刀が3本握られている。

「これはのお…小刀というもんじゃが。ほら普通の刀よりも短いじゃろ?
すっぽり懐にも入るじゃき。
これならおんしらにも持てるかと思うてなあ…があ、短いというてものお、
こりゃあ本物の刀じゃき。
勿論良く切れる…怪我をしないように扱えよ?さあ…持ってみい」

坂本はひとりひとりに手渡す。
3人は手渡された小刀をしげしげと見る。




つい今しがた帰ったとは嘘である。
地上の江戸、女ながらにも刀鍛冶である村田鉄子に前から頼んでおいた刀…
これらを受け取ってきたのだ。
子どもでも持てる長さの刀を用意して欲しいと頼んでおいたのだ。


「坂本さん…これらですけど…何故ですか?子どもに刀を持たせるなんて…」
「…いや…そろそろ自分で自分を護ることも覚えさせとこうかと思うてなあ…
わしもしょっちゅう地球へ来ることも出来んし」
「それは分かりますが…でも…むやみに振り回したりすると危険ですし…それに…」
「ああ、アンタの言いたいことも分かるぜよ…」


鉄子は同じく刀鍛冶だった兄を亡くしている。
その兄は刀の魔力に狂わされ、妖刀を制作中に取り憑かれるように死んだのだ。
それ以来刀に対して非常に用心深い。
坂本が子どもに刀を持たせようなどとは理解が出来ないことと思っている。

「ここ最近、吉原でも微妙な動きが感じられる…
それも宇宙海賊『春雨』が関係しているらしい。
春雨の使いが何人もあの吉原に来ているという噂じゃ。
何が起こるか知れん。
アイツらに何か有ったらと思うとわしは…」
「だからと言って、何も刀を持たせなくても…」
「ほうがか?刀は人を護るためのもの…とアンタから聞いたがのお」
にやりと坂本が笑う。
そう…この鉄子は人を護るための刀を創りたいと考えているのだ。
「アンタが創った刀なら…3人のお護りになってくれると思うてな…
いやきっと成ってくれるに決まっとる。なあ!
そう…願っちょるんじゃ……おおきに鉄子さん…いくらじゃ?」
坂本は鉄子から3本の刀を受け取ってきた。



「ええか?こう持つんじゃ…そうそう、晋助、それでいいがよ。
おお、小太郎も上手いじゃき!
金時…はあ、もうちょっと強う握って持てや」
「こうか?」
「ほうがじゃ!3人とも…上手いぜよ」

3人は自分用の刀と聞いて驚くが、なんだか大人になったような気がして嬉しくなる。
ちょっと振ってみたりするが…

「ああ、ダメじゃあ!いいか?良く聞けや。
刀はのお、自分を、そして人を護るためにふるうのじゃ。
これを握る時にはの、決してふざけたり遊んだりしちゃならんぜよ。
一番大事な時にだけ使うと約束してくれ」
「一番大事な時…それって…?」
小太郎が問い返す。
「そうじゃのお…その時が来たら分かるぜよ」

その時が来たら分かる…松陽先生も同じことを言っていた…
だからきっとこれも間違いはないのだと皆は思った。

「ありがとうございました、坂本さん」
小太郎がペコリと頭を下げた。
「皆で大事にして、言いつけをきちんと守ります。安心していて下さい」
「おおさすがは小太郎じゃあ~、しっかりしとるの!」
「俺も大事にする」
「俺もだ!」
3人はきらきらした目で坂本を見上げた。
「うん…これでわしも安心じゃき~」


そこにたまがジュースやら酒やらを運んできてくれた。
「さて飲むぞお~、地球の酒が一番じゃきのお。さあ、たまさん、注いでおくれええ~」
「では一回だけ…にこり(営業用スマイル)」
「ふふ~、可愛いぜよたまさあ~ん、ボカッ」
たまの尻を撫でようとした坂本が殴られた。
「あはは~、フラれてやんの」
「あはは」
「うわ~、ジュース、嬉しいな~」
「ご存分にお楽しみ下さいませ。後でお寿司が来ますから…」
「うわおう、お寿司だって!坂本さん、ありがとう~」
銀時が目をらんらんと輝かせて…
「ああ、いくらでも喰うてくれや。今日は食べて飲んで遊ぼうぜよ!」
「はあい~!やったあ!」
貰った小刀など放り出してジュースに夢中になる3人だった。


ひとしきり食べて、笑って踊ってゲームをして布団の上で取っ組み合いをして
…疲れて眠ってしまった3人を見ながら坂本はひとり、手酌で酒を飲んでいる。



「…ほんに春雨らが何するか分からん…いったいどうしたらええがか…?
わしに何か出来るだろうかのお…なあ~んも思いつかんがの…」


先ほど鉄子に言ったことは真実だった。
地球に対して並々ならぬ征服欲を燃やす宇宙海賊春雨。
その軍団は容赦ない戦法で、かつて多くの星をその手に収めてきた。

今度は地球だと…?許さんぞと坂本は思うが、
ここ近年の地球にはその春雨の息がかかった多くの天人が来ているのも事実。
それら全てを幕府が追い払うのは無理と言える。

地球を征服するのにミサイルはいらないと言われている。
そこには春雨が開発した麻薬「転生郷」の売買があった。
その麻薬の作用は地球人にはあまりにも激しく、死に至る者も多く出た。
それに気が付いた春雨は、何も美しい星を壊すことはない、
地球に住む人間を全て抹殺すれば良いと考えたのだ。


「むう…春雨…そげなことはさせん…」
「何?そげなこと…?」
「おう、金時…悪かのお…起こしてしもうたか?」
「坂本さん…酔ってるの?」
「ああ、酔っとるよ、ほんま地球はええ星じゃの!」
「うん…坂本さん…」
「ほれ、もう寝るがよ、金時…」
「…そばに…来てくれない?坂本さん…」
「おう……?何か怖いか?…」
「…ちょっと…」
「そうか…ほれ…」

坂本はサングラスを外し、銀時の脇に身をすべらせる。
銀時が抱きついてきた。
そっとその身を抱きしめてやる。


「何か…有ったんか?金時…」
「…ううん…何もないよ…?心配しないで…」
「震えてるのか?やっぱり何か有ったんか?」
「…ううん。何でもない…大丈夫だから…」


銀時が顔を見られないようにと、坂本の胸に顔を押し付けて甘える。
普段の銀時には見られない様子だったので坂本は驚くが、
自分と同じように、吉原を包むこの不穏な空気を感じているのかもしれない…と思う。


銀時はそういうことに敏感な子だと感じる。
何がどうだと言えないが、他の子らと違い、妙に大人びた表情をするようになった。
それを成長と言うのなら、銀時は他二人よりも早く大人になるのかも知れない。


「…そうかあ…金時ば、大きくなったんじゃのお…
怖いもんとそうでないもんが区別つかないんか?」
「…ん…そうなのかなあ…?俺、怖いよ…何が怖いのか分からないのが怖い…」
「そうかそうか、そうだなあ…俺も怖いぜよ?金時」
「え?坂本さんにも怖いもんがあるの?たまとか?」
「あっはっは~!確かにのお、たまさんも怖いぜよ。
でもたまさんはの~、ものすごく可愛いおなごじゃ。
機械でもかまわんぜよ。ここの女将もいい女じゃき。
ほんに地球にはいい女ばかりじゃの~!」
「女のことばっかり…そうじゃなくて怖いものを聞いてるの」
「…うう~ん…怖いもの、のお…そうじゃなあ…いっぱいあるからのお…」
「いっぱい?…大人にも怖いものがあるんだ…?」
「そりゃあ有るぜよ?いっぱいのお~あはは!」

銀時は少々不思議そうな顔をして坂本を見上げる。
その銀時の頭をくしゃりと撫でてやりながら、笑みを返した。

「ああ…でも金時、心配いらんぜよ。その刀…それな、きっとおんしらを護ってくれるからなあ」
「…ほんと?」
「ああ、金時…おんしがそれを一番分かってくれるような気がするがのお…
皆を護るために、使うてくれ」
「…怖いよ…本物の刀、なんて…」
「その気持ちが大事なんじゃ…金時…」
「…そう…なの?」
「ああ、そうじゃ…」
「でも…何で俺にみんなを護れ…なんて言うの?小太郎や晋助には言わないのに…」
「いんやあ…金時が一番元気が良さそうに見えるきに」
「…先生も…そう言ったけど…」
「そうか…先生も言ったか、あはは」
「うん…何かあった時には皆を護って下さいね…って。
君が一番剣術が強かったからって…言われたけど…」
「先生…剣道も教えてくれたがか?」
「よく皆で竹刀を持ってちゃんばらごっこしたんだ。そんで
先生は俺たちを見て、いろいろアドバイスしてくれたけど…
先生とやると、いつも一発でやられちゃった」
「あはは…そうがかや」
「いつも手加減ナシっての?真剣勝負ってカンジで」
「な~るほどの!ふむ」
「先生の本物の刀は家の奥に大事そうに飾ってあって…
一度だけこっそり鞘から抜いて見たことがある。
冷たく銀色に光っていて、ちょっと怖かった…」
「…うん…」
「先生はその長い刀を腰に挟んで旅に出たけどね…
先生がそれを抜いたのは一度も見たことがなかったよ」
「…そうかあ…」
「先生はこうも言ってた……『人に剣を向ける時には、自分に向けられていると思いなさい。
自分に恥じることはないか、よく考えてごらんなさい』って」
「おう…そうじゃの、そういうことなんじゃ」
「…よく分んないや…」
「…そうか…今はよく分からんでもよかな…だけんど、先生の言ったことは間違っとらんよ」
「ほんとに?」
「ああ、ほんまじゃ…」
「だけど…………何で『俺』かなあ?…
俺も……護ってもらいたいよ…俺も、怖いもの…」
「…そうじゃなあ…金時…うん、まあ大丈夫じゃ。
今夜はわしがついとるからの。
安心して眠るぜよ…なあ…なあんも怖いことはありゃせんからのお…」


やっと銀時の目から不安気な色が消えたようで安心する。
坂本はゆっくりと銀時の背中を撫でた。
気持ち良さそうに、銀時がそっと目をつぶった。

「…今日は…ありがとう……坂本さん…」
「ああ…お休み…金時…」


小さな寝息が聞こえるまで、坂本は静かに銀時の背を撫で続けた。
畳に置いてある3本の小刀を振り返って見た。





ああ、必ずやこの子らを護ってくれよ…
















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いつもご閲覧&拍手等ありがとうございます!
前回に申し上げましたが
このお話は 08.12.29の冬コミにて本の形で発行されます。

冬コミスペース番号 東4ホール リ-17a 緋桜流


「目覚めなければいい」


A5/182P/1000円/送料300円





09フルカラー白夜叉カレンダー付き
前後編に漫画がプラス。
最終話は漫画で描いています。
その他、登場人物の解説を絵付きでご紹介。
冬コミでご購入の方には上記の白夜叉カレンダーと
「アンコール4.0」という無料本が付きます。
数に限りがありますので、無くなり次第配布終了となります。


吉原炎上編子攘夷パロ
土銀、神威銀、沖神、万高風味でオールキャラ18禁


松陽先生、銀時、桂、高杉、
坂本、陸奥、
お登勢、京次郎、長谷川、たま、新八、神楽、さっちゃん、服部
土方、沖田、近藤、山崎
神威、阿伏兎、鳳仙、日輪、月詠、晴太
万斉

松陽先生に連れられて子攘夷メンバーは吉原桃源郷に来た
彼らの仕事は遊郭で働く色子…


土銀、神威銀、阿伏兎神威、沖神、万高 
完全成人指定

少数発行になります。
冬コミ以降は在庫?な可能性があります。
ご注文は
http://www.mizukijoe.sfcgi.com

メールフォームより件名:「目覚め」






目覚めなければいい その10 08.12.24



「ふう…さてどうしたもんだろうね?手掛かりも何も無いんだったなあ…」
土方はひとり、コンクリートで出来た空を見上げた。
今日の土方は非番だ。
黒い絹羽二重の着流しに刀を差し、この吉原桃源郷に下り立った。


あれから沖田と土方は、裏の経路を使ってこの吉原桃源郷への通行手形を買った。
職業欄の記入は「ボディガード」などと書き、自分たちの大嘘に腹がねじれた。

「…これで土方さんも俺も、もう引き返せませんね」
「…ああ、…確かにな…」

もう俺たちはその一歩を踏み出してしまった。
松平に知れた時には何と答えたらいいのか、今は見当もつかない。
『自らおとり捜査に入りました』とでも言えば、納得してもらえるだろうか?
「腹斬れぇ!」(cv/若本規夫)とも言われかねない松平片栗虎なのであるが…
だが不思議と後悔はない。俺たちは目的の為に動く。
自分の、その目的を果たすために。

だが土方は、その足を進める方向と目のやり場に困る。
どちらを向いても風俗関係の店ばかり…
はて、どうしたものか…こういうのはどうも苦手だよ…

困った土方の目に、大きく「おもちゃ屋」という文字が飛び込んできた。
足早に店に入る。
何かおもちゃとか、そういうものが欲しい年頃だろうしなあ…と思ったのだ。
だが土方は「おもちゃ屋」の前に書いてある「大人の」という文字を見逃した…!

「へい、いらっしゃいませ~。旦那ああ!何が欲しいっすか?バイブとか?
ムチとか?縄とかどうでっか?」
「はああ?何だと?あああ~?え?何?はあ?」
土方は大急ぎで店の前に飛び出し看板を見やる。
『大人のおもちゃ屋』
し、しまったああ~~!
だがはたと気が付く。
この少年は見たことがある!
あの時、そう、土方の横を走り去った少年たちの中に、この子は居たのではあるまいか?
年頃もちょうど同じくらいではないか?

「ああ、ああ…ちょっと聞くけどもお…(cv/中井和哉)あの、
君はあ、あ、ええと、ど、どんなものが欲しい?」
「ええ?おいらですかあ?おいらは…はあ~、ええと縄かも」
「縄!何でだ?縄飛び用か?」
「はあ?………旦那あ…大丈夫?布団の上でオンナと縄飛びするのが趣味なの?」
「え?はあ?あ、あ、あ、しまった、違う違う違う~ええっと!
君らの年代だったらどんなおもちゃが欲しいかな?と思ったもんでえ~(滝汗)」
「えええ?バイブもムチもいらないなあ…」
「ああ、それ忘れてくれ!大人のおもちゃじゃない、ほんとのおもちゃだ」
「ほんとのおもちゃ?何だよそれ?」
「だからあ、君たちぐらいの子っていうのはどんなおもちゃで遊ぶのかな?ってね、
ああ、そうそう、そういうことを言いたかったんだよ~~」
「はあ……??ええっとお…欲しいのは、お菓子かも…あと電車かな?
おいら電車って乗ったこと無いから…電車のおもちゃだったら、レールとかいっぱい繋いでさ、
銀時たちと遊べるからな~」
「銀時!ぎ、銀時って君の友だち?」
「うん、そう。よく一緒に遊ぶんだ」
「ということは同じぐらいの年なのかな?」
「うん、そうだろうけどたぶんあっちの方がちょっと上かな?
銀時と小太郎と晋助。仲良しなんだ!」

やった!そいつらだ!
きっとその中にあの少年が居るはずだ!
土方は心の中で手を打った。

「で、君の名前は?」
「晴太。晴太ってね、晴れるっていう字なんだよ」

日の差さない地下遊郭で働く子どもの名前が「晴太」…
土方は切なくなる。
きっとこの少年にもいろいろな事情が有って、
親に願いを込められて付けられた名前なのではあるまいか…
いつか晴れた空のもとで幸せに暮らせるように…と。

「あ、じゃあ…その銀時くんたちに、どこに行けば会えるか教えてくれないか?」
「なに…旦那、陰間が趣味なの?」
「え?(やっぱりか!)そ、そ、そう…ゴホンゴホン」
「ええとお…あんまり大きな声で言えないんだけど…」
「え?何でなんだ?」
「銀時たちって…陰の陰間。ああ、ダジャレじゃないんだけどお、
こっそり商売してるんだって聞いたことがあるんだ…」
「うまいね、ダジャレ…じゃない、そうなんだ…それはどうしてだい?」
「なんか事情があるみたい…ヤツら、自分たちじゃ何も言わないけれど、
なんだか悲しい事情が絡んでる様子みたいだ…月詠姐がそれとなく言ってるの、聞いたんだ」
「月詠姐って?」
「わっちでありいす」
「うわああああ~~~!」

土方は飛び上るほど驚いた。
真横に女性が立っている。
近付いてくるのにまったく気配というものが感じられなかった。
恐ろしい女だ。
というか、俺、それほどまでに夢中になって話していたのか?
警察失格だ…というか、これが間者だったらとっくに殺られている…!

「旦那、何者?」
鋭い目付き。だが大変な美女だ。
「ああ、そのですね、ええと…」
「銀時たちの所に行きたいんだってさ。この旦那、陰間が趣味だって。縄が欲しいんだって」
「え?そりゃ、ち、違うんだ~!」
ギロリと月詠が睨んだ。

良く見ると、頬や額に大きな傷がある。
だが白い肌、大きな瞳。カフェオレ色の髪を後ろで結い上げ、かんざしを挿している。
が、そのかんざしは「クナイ」だった!
黒い着物は片方にしか袖のないお洒落なもので、帯をきりりとタイトに締め上げ、
着物から覗く綺麗な足は黒い網タイツにヒールの高いブーツ…
それに襟元から溢れんばかりの巨乳……
(以上、土方十四郎目線ナリ。観察力はさすが(笑)である)

こうなったら仕方がない。土方はまくしたてる。
「あの……ま、まあ、そういうことだ。陰間が欲しい。
この晴太くんに聞いたら、『そういう子』が居るって言うんでね。その妓楼を教えてもらいたい」
「ふん…旦那、お武家さんでありいすか?」
土方の腰の刀に目をやり、ますます胡散臭い表情で土方の顔を見る月詠。
「そ、そうだ」
「そうか……あの世界は衆道が多いって本当だね…」
「え?いや、いや…あ、あはは~」
(そういうことにしてもらっておこうかね?そうしておいた方がどうも都合良く話が進みそうだし)

「陰間のこと、誰に聞いた?」
「だ、誰にも聞いていない。ただせっかく吉原桃源郷への通行手形を買ったのだ。
だったら興の乗るものを買いたいのでね。
まずはおもちゃ…ゴホンゴホン、と思ってここへ入った。そして晴太くんに聞いた」
土方は胸を張る。
何も間違っていないぞ!

「本当か?晴太?」
「うん。このおじさん、ここ初めてみたいだよ?」
「………分かった。案内する…」
「あ、ありがとう…月詠さん…あなたは一体?」
「わっちはここの自警団「百華」の頭、月詠でありいす。
吉原桃源郷の遊女たちの警護と治安維持を任されている。
今後はお見知りおきなんせ」

月詠は小さく会釈する。
「お武家」と聞いて、どうも土方に自分と同じような匂いを感じたのかもしれなかった。
目付きが柔らかくなった。
ますます月詠が美女であると土方は思うのだが…なるほど、俺と同じような仕事ではないか…

この姿で、剣をふるうのか。その姿で賊を追い詰めるのか。
そして吉原桃源郷の自警団の頭とな!
…土方はますますこの月詠に好感を持った。

「さ、行くよ。こっちでありいす」
土方は晴太に振り向く。
「ありがとう。助かったよ、晴太くん。これはお礼だ」
土方は晴太に小銭を握らせようとすると…
「ううん、おじさん。でもチップなら要らないや」
「え?」
「ねえ、それより何か買ってくれない?その方が嬉しいんだけどもお~。
縄、縄どう?銀時たちと布団の上で縄飛びするのにいいよ、これ!」
「…ああ……もらおうか…」
なんと商売上手なんだ、てめえは…
「どうもありがとうございましたっ!おじさん!銀時たちによろしくね~♪」
…手まで振られてしまった…

だが俺はおじさんではないぞ!まだ!



「で?どんな子がいいんだい?」
お登勢がギロリと睨むように土方を見る。
「ああ…その…色の白い…ふわふわした感じの…」
土方は今更ながら照れてしまう。
だがいきなり「白い髪、赤い瞳」などと言ってしまってはまずいと判断した。

「ああ…分かりました…では少々お待ちを……たま、急いで京次郎を呼んでおくれ。
銀時に支度させてって」
「はい、お登勢さま」
からくりメイドではないか。これもまた美女だなあ…ふむ。
女将は相当の手練に見えるが…その…年も……

「刀は預かることになっている。こちらへ」
土方は一瞬躊躇する。
兼定を渡すには…と思うが仕方がない。
「前金です。泊り?それとも休憩?」
「…と、と、泊りで…」
「はい分かりました、○○○○○円で」
「…」(この金額があの少年の一晩の値段か…)
「たま、お客さんにお酌を…」
「はい。こちらへどうぞ。ビールでいいですか?」
「ああ、頼む。それから部屋へ何かお菓子と飲み物を…その子は何が好きなんだい?」
と、懐からまた財布を出す。
その金払いの良さにいっぺんにお登勢の態度が変わった。

「ああ、お武家さま。銀時の好きなものは、いちご牛乳と饅頭なんですけど…」
「了解しました。ではたまさん。お手数ですがそれを買ってきてくれませんか?
釣りはいいので」
さっと金を渡す。
「はい、では行ってきますです、お武家さま」
たまは丁寧にお辞儀をする。
お登勢もお辞儀する。


…待たされることしばし、部屋へ通された。
特に妓楼らしい装飾もあまり無い部屋だ。
座卓に座布団、花模様の屏風、そして中央に敷かれた布団…
だが生々しいもんだ…と土方は思う。
こういう所が初めてではない土方だったが、あの小さな白い少年が自分の予想通りに陰間だったことが、その生々しさを呼ぶのだろう。
この部屋で彼は、いつも…と考えると動悸までしてくる始末だ。
ああ、落ち着け、俺!


何をして待っていたらいいのか分からない。
震える手で袖からタバコの箱を取り出すと、襖の向こうから声がした。
「お待たせしましたあ…銀時でえええ~すう」
すっと襖が開く。
ああ、あの少年だ!
土方は慌ててまたタバコを落とす。
「あ、あの時のおじさんだ!またタバコ!」
「あ、ああ…あの時は失礼したな、な」
「また落とすなんてさ、おじさん手、おかしくね?」
「いやあ…あはははは~」

ああ、この子だ。
ふわふわとした銀髪、赤い瞳。今日は薄く口紅を引いている。
だがなんという白い肌。
目元もうっすらと紅く染まっていて、とても綺麗だと土方は思った。
それになんと、自分を覚えていてくれていたとは…!おお!
土方の動悸はますます激しくなる。


「あ、いちご牛乳だ!饅頭まである!どうしたのこれ?おじさんが買ってくれたの?」
「ああ、そう、そうだ、好きだと聞いてな」
「うわあい、どうもありがとう~」
銀時がさっと手に取って飲み始める。
「うま~!俺、これ大好きなんだ!」
「そうか…良かった…たんと飲め」
「はいい~、ありがとうございます!後でいっぱいサービスさせてもらいますっから!」
「あ、はあ、あはははは~」
笑うしかない土方だった。

「おじさん、よく俺の好きな物知ってたね?」
「ああ、女将から聞いたのでね。あの女将は身内かなんかか?」
「ううん。俺たち引き取られたの、ここに…むしゃ」
「たち?何人も一緒にか?」
「うん、そう。3人で来たの」
「…引き取られた?…親はどうした?」
「火事で死んじゃった」
「……そうか…悪いこと聞いてすまなかったな…」
「ううん。俺たちここに来る前にはさ、先生が育ててくれていたので寂しくなかったもん」
「先生…?」
「そう。むしゃ。田舎でみんなで暮してたんだけど、事情があって江戸へ来たの…むしゃ。
でえ、ここでみんなで先生を待ってるの」
「…先生はどうしたんだ?」
「幕府に連れて行かれた…て聞いてる…」
「!」

何だと?てことは犯罪者か…?こ、これは…
俺が警察だなんて言ってはならんな!断じてな!(汗)
おおっと話題、話題を変えなくてはまずい。


「…ええっと…名前…銀時って言うんだね?」
「はい、銀時です。おじさんは?」
「…!と、ええと、トシだ。トシ」
「はい、トシおじさん」
「あのなあ、そのおじさんはやめろ!まだそんな年じゃねえ」
「はい~、じゃあ、そんなトシじゃないトシさんで」

くすくすと笑いながら銀時は饅頭を頬張っている。
笑うと格段に可愛らしくなる。
丸みのある白い頬、あんこがついているぷっくらとした唇、白くてふわふわと揺れる髪、
緩んだ襦袢から見える白い胸元…!

「ごちそうさまでした!では!」
銀時は口元をさっと拭うと、いきなり襦袢を脱ぎ捨ててしまった。
まっ裸で土方の目の前に立っている!

「おわ!おお、おい、待て待て待て~~!」
「え?何で?トシおじさん、それが目的でしょ?」
「まあ待て待て。それと『おじさん』を省けと言ったろう?このお!」
最初にちゃんと言っておかなくては!な、こういう事は。

「ああ、すみまっせ~~ん。また言っちゃった…あはは。御馳走になったしね、ではトシさん」
今度は土方に飛びこむように抱きついてきた。
ふたりとも布団の上にもつれるように倒れこむ。
銀時が上で土方が下だ(笑)
「おわあ~っ」
こ、心の準備とかがあるじゃないか…まったく…
土方は焦るが銀時の方は早速土方の着物の裾に手をかけて…

「ちょ!ちょっと待ってくれ、銀時くん…」
「え?トシさん不能なの?大丈夫だよ?俺って口取り上手いって言われてるから、すぐ勃つよ?」
「ち、違う、断じて違う~」
土方の方が少年に抑え込まれている。
銀時が不思議そうに顔を覗き込んでくるが…
「良く聞け…まあ待ってくれ…話を…」


そこで土方は気が付いた。
銀時の身体のあちらこちらに残る内出血のような赤黒いアザ、
爪痕のような細く赤い傷が無数に付いている…
胸に首に腕に脚に…

「……どうしたんだ?まだ新しい傷じゃないか…」
「ああ…ちょっと…何日か前に来た客に乱暴されちゃって…」
「…!」
「だからあ…すみません…俺、普段はもっと綺麗な身体だったりするんですけど~、
今日はちょっとだけ傷持ちってことでいいでしょうかあ~?」
銀時が僅かに申し訳なさそうに微笑んだ。
「ちょっとお…痛がったりするかもしれないんですけどお、
気にしないで突っ込んでいいですから。ね?トシさん…」
「待て銀時。俺はそういうのを気にする」
「え?…じゃあチェンジってこと?俺、それ困る…」
銀時が泣き出しそうな顔付きになる。

あああ、泣かんでくれ、頼む。
ああ、虐めてるのは俺なのか?俺なのか?
泣いた子どものあやし方なんて知らないぞ、俺は!

「ち、違うぞ銀時…チェンジなんてしねえ…」
「ほんと?ほんとにほんと?」
「ああ、ほんとだ…だから安心しろ…な…」

土方はそっと銀時の髪に触れた。
見た目通りの、細くてくるんとしたクセのある、柔らかい髪だった。
「…痛かったろうに…なあ…」
次に土方は銀時の胸元の傷に触れた。
銀時はその土方の手に自分の手を重ねた。
自分とは違うまだ幼い手に、土方の胸は詰まった。

「こんなの良く有るし…平気…」
「…良く有る?」
「…大丈夫…こんなの…ここに置いてもらっていれば、先生を待っていられるし…
ご飯も食べられるし、温かい布団に寝られるし…だから平気…」


そうだろう。
金で買われる以上、客の無謀な要求にも黙って応え、笑っているしかないのだろう…
子ども故、ひとりで生きていくことは出来ない。
だからここを逃げ出すことも叶わない。
ましてや先生が迎えに来てくれるまでここを離れられないという切ない思い。

土方は銀時が想像以上に重い事情を抱えているのを知り、胸が痛くなる。
いやここに居る陰間、遊女、他の人間たちにも地上では生きられぬ深い事情があると聞いていたではないか。
地上での生活を棄てる程の、重い事情が…


「でもね、そうでもない日もあるの。吉原のお姐ちゃんに買ってもらえたり、ね」
「お、お姐ちゃん!」
「ああ、ちょっと年のいってるお姐ちゃんね。本当はもうおばちゃんなんだけどさあ~」
銀時が寂し気に笑う。
「ふるさとに、子ども残して来ちゃったんだって…
でね、そのふるさとに居る子どもと俺らが同じぐらいの年だからって…
一晩中さ、抱きしめられて、寝たりするんだ…」
「……うん…」
「で、名前呼ぶの…その子どもの名前…何度も何度も泣きながら呼ぶの…
だから俺も『母ちゃん』って呼んだりするの…」
「…そう…か…」

その遊女の気持ちも、死んだ『母ちゃん』を思い出すだろう銀時の気持ちも分かる…
この布団で共に、泣きながら一夜を過ごすのか…
なかなかに陰間の仕事は奥が深い…と土方は率直な感想を持った。


「で?トシさんは何で俺を買いに来てくれたの?」
「…あの時…な、ほら兎の像のとこですれ違ったろ?」
「うん」
「…俺もな…その時、弟のこと思い出したんだ…」
「弟?トシさんの弟?」
「そう…俺にも年の離れた弟が居るんだが…やっぱりふるさとに置いてきたもんでなあ…」
「…その弟、なんて名前?」
「……『勲…いさお…』って言うんだ」

すまん、近藤さん、許してくれ!
だってよ、なんだか話がそういう方向に向いてしまったんだ。
もうちょっといろいろとこの子から聞き出したいじゃないか…!

そう、そうなんだ、俺は俺は、この子としたいとかそういうんじゃなくて、ああ、したいけどもそれが目的じゃないっていうか、ああ、したいけどまだそれは後回しでもいいっていうか、ああ、だからしたいけどもね、今はもっと話していたいっていうか、ああ、ああ、したいけどねえ、したいけどお…と
土方の心の中をたくさんの言い訳がかけ巡る。
銀時が静かに土方を見つめている。
赤い目が美しく光る。


「勲くん…いくつ?」
「ええと、と…12歳…だったかなあ?」
「じゃあ、俺のこと、『いさお』って呼んでいいよ?どんどん呼んでいいよ?
俺も『お兄ちゃん』って呼ぼうか?その方がいいでしょ?」
銀時が乗り出すように話す。
自分に出来ることが見つかって嬉しいというような口ぶりだ。
まっすぐに自分を見つめてくる瞳に、胸が高鳴った。


「…いや…いいや…」
「え?何で?」
「思い出すと哀しくなるから…さ…」
「?」
「勲…な…もう死んじまったんだ…お前ぐらいの年で」

なんと名作だ。
なんと名演技なんだ、俺!泣けるじゃないか!
これなら銀時を一晩中抱きしめていても不能には思われまい!
すまねえ、近藤さん。死んだことにしちまって。
もうちょっと名前を貸しといてくれ!


土方がひとりで自分の名(迷)演技に酔っていると、銀時の目がぶわっと潤んでくる。
えええ?また泣かした?俺!ま、まずい~~!

はっと気が付くと土方は銀時に抱きしめられていた。
細く白い腕が自分をしっかりと抱きしめている。

「トシさん…大丈夫…大丈夫だから…ね…俺が居るからね…
今夜はずっと俺がそばに居るからね…」

あっけにとられて土方はそのまま銀時に抱きしめられていた。
だが心の中を温かいものがじんわりと満たして行くのを土方は感じた。


俺が抱きしめられている…
俺の心が抱きしめられているのだ…
俺よりもずっと過酷な運命を生きているお前が、
俺の寂しさを包み込むように抱きしめてくれている…


「銀時…」
そっと土方も銀時を抱きしめ返す。
細い細い肩だった。

ああ…温かいな…温かいよ、お前は……




銀時に抱きしめられたまま、土方は
身動きもままならぬ時を過ごしたのだった…






「ふふ…面白いよネエ…地球人って…」
「面白いって…だからってもう俺はあんなことは御免だぜ…?え?団長…」
「ふふん…布団の中で団長って呼ぶなっていつも言ってるだろ…?
早く突っ込めって…くすっ」
「…へえへえ…」


神威と阿伏兎は吉原の奥深い旅館の一部屋で抱き合っていた。
阿伏兎は神威の部下だ。
年齢は不詳だが生やした顎髭、不遜そうに笑う口元から、神威よりは相当の年上と思われる。
同じく戦闘種族、夜兎。
白い肌、傘。
たくましく鍛えられた身体つき。
その太い腕が神威の腰をぐっと掴み、穿つ。


「こんな…吉原みてえな所で、なあ~んで男同士でヤッてるんだか…俺たちは…」
「いいでしょ?あ…そういうのも一興…で、阿伏兎は…いい子見つけたの?くす」
「そんな暇あると思うか?あん…?俺はナア、団長に言われて江戸で薬売りよ……なあ?」
「…あんなに効くと思わなかったけどね…天生郷…」
「春雨の開発した媚薬だ…地球人に効かねえ訳あねえ」
「あ…もっと…阿伏兎…」
「団長…お前も天生郷やってるのか?…だとしたら、もう止めろ…死ぬぜ?…」
「だってえ…イキたいんだもん…あ、ああ…」

阿伏兎が強く神威の身体を揺さぶる。
深く抉られて、神威の身体が跳ね上がった。

「イキてえ…って…はっ…まったくよお…おまえは…見境…ナシだなあ…」
「いいじゃん…俺、これ大好きだ…」
「ふふ…」
「くっ、あっ…だってね、やるのもやられるのも大好きなんだもん…
男も女も子どももいいね…く…」
「お前が見つけた…面白い地球人って…?」
「くすっ…ふ…今は秘密…はっ」
「まあた無謀な遊びを見つけたんじゃあるまいな?…団長?
俺はもうこりごりだ…く…」
「俺さ…ここ気に行っちゃった…
やっぱり鳳仙やっつけてこの吉原もらっちゃおうかな~って思ってる…」
「…ヲイ…やめとけ…」
「そしたらさあ…何でも自分の思い通りになるじゃん…日輪とかにももう一度会いたいしね…
あの鳳仙のじじいがナリ潜める程、いい女だったっけか?俺、日輪も欲しいな~…」
「日輪に手え出したら、生きてらんねえぜ?…団長…そりゃあ俺が困る…
第七師団全員が…路頭に迷うぜ…?」
「ふふ…冗談…だよお…あ…あっ」
「勘弁しろ…ての…いつも…俺たちゃあ団長の…尻拭いばっかりだ…」
「あ、ああ…!」

神威のほどいた髪が揺れる。
ふたりの汗が飛び散った。















 
目覚めなければいい その9

この連載小説は 冬コミ08.12/29にて「本」の形で発行いたします。
詳しくは次回に。
または http://www.mizukijoe.sfcgi.com




「あ、先生、ちょうちょだ!」
「ああ、白い蝶ですね、名前は…」
「もんしろ蝶だよね?先生」
「ええ、小太郎、良く出来…あ、あぶない!」
ばちゃんと小太郎が小川に転がり落ちた。
「痛…」
びしょびしょになって袴をたくしあげる。
滴り落ちる大量の水。
「バッカじゃないの、ヅラ!いひひ」
「ヅラじゃない、桂だ!」
「銀時、ほら、拭くのを手伝ってあげなさい」
「へいへい…てか、脱がなくちゃダメだろ?そこまで濡れちゃったんなら~」
「先生、あっちには黄色いちょうちょが…」
ばちゃん!
晋助も川に落ちた。
「え、ええ~ん~」
「ああ、泣くな、晋助!まったくお前はもお~!」
銀時が晋助の手を引っ張って助け起こした。
が、晋助がその手を思いっきり引っ張ったので、今度は銀時が…
「あ、こらっああ~!」
ばちゃん!と3人目も川に落ちた。
「…君たちったら…」
松陽がくすくすと笑う。
3人も揃って笑う。
大声で笑う。


銀時、小太郎、晋助は親のいない子どもだった。
それぞれの親は、少し前にあった大きな火事で、亡くなった。
養い親である吉田松陽は、身寄りの無くなった3人を自分の子のように愛し慈しんで育てた。
村里の奥、小さな家屋に仲良く暮らしていた。

松陽のことを3人は「先生」と呼んだ。
何故なら炊事、洗濯から火の熾し方、畑仕事など生きていく為の諸事一般から学問や武道まで、
広く深く教え込まれたからだ。
それらは「いつかきっとあなた方の役に立つ日が来るのですからね」という言葉で締め括られた。

松陽はその思想において穏健で思慮深い考察を持ち、
剣道は厳しくも正しい方向性のある剣筋、更にその生きざまや表情まで、尊敬に価う人物であった。
その指導は幼い彼らにも厳しく、生易しいものではなかったが、
3人は互いに助け合い、励まし合って暮らした。
それを松陽が優しく見守ってくれていたのだ。

だが、その松陽の思想に対し偏見を持つ一派から、命を狙われるようになる。
松陽と3人は、この平和な暮らしを捨てなくてはならなくなった。

「今まで大変お世話になりました。さあ、みんなも御礼を言うのですよ」
「お世話になりましたあ」
3人も揃ってペコリと頭を下げる。
「吉田先生…あなたのような方が…逃げるように…」
村の庄屋である翁が悲しそうな目で見送る。
「よろしいのです。今まで無事に暮らしてこられたのは、すべてこの村の人々のご親切があったからこそ…。
その主である庄屋さんのおかげであると、深く深く感謝しております。
どうか今後もお健やかにお暮らし下さいますよう、お祈りいたしております…」
松陽が丁寧に頭を下げる。
「もったいない…吉田先生…どうか皆、ご無事で…」
「はい、それでは…」
「さようならあ~」

家をたたみ、旅装束に身を固め、4人は東へと旅立つ。
だがその表情は明るいものであった。
どこへ行こうと、どこで暮らそうと、3人には松陽が居ればそこが家だ。
嬉しいことも、たとえ悲しいことが起こっても、松陽が居ればそれで良かった。
親を亡くした後も3人がいじけずに育つことが出来たのはこの松陽の教えの賜物だ。

「常に自分の正しいと思った道をまっすぐに歩けば、
おのずと明るい未来が見えるのですからね」
「はい」
「だからきっと、3人の行く末は明るいものですよ」
「先生も、ですね?」
晋助が無邪気に笑う。一瞬松陽は戸惑いを見せたが、皆は気がつかなかったろう。
「ええ、私も、ですよ。みんなと一緒に居られるのは、なんと幸福なことでしょう」


野を越え、山を越え、川を渡り、4人は東を目指す。
どんどんと、元気よく進む。後を振り返らずに、真直ぐ進む。
雨の日も風の日も、松陽が居ればどんな境遇でも幸福になれた。
松陽の「何事にも感謝を忘れずに」の言葉は、その穏やかな口調も相まって、
3人はいつも心が温かくなった。
野宿も遠足のようで楽しい。
小さな洞窟のような所で身を寄せ合って眠ることが出来るのも楽しい。
川で魚を釣ったり、木の実を採るのに木に登るのも楽しい。
食べられる草を教えてもらいながら、皆で競争しながらむしるのも楽しい。
雨が降れば「無理をせずに今日は『お話の日』にしましょうね。むかしむかしある所に…」と松陽が語り始める。
そんな日はとてつもなく楽しい日だった。
松陽の話は尽きること無く、そしてどれも3人の心を喜ばせるものばかりだった。
「ご飯に…」と、野兎を捕まえてさばくのはちょっと怖かったけれど…

道を行くと稲刈りの田畑、そこで皆は一日お手伝いをしては夕餉をふるまわれた。
久しぶりの米飯だったので、皆は大喜びで食べた。
馬小屋を借りて、屋根の有る夜を過ごすことも出来た。
「万事屋でえ~すう~何でもやりますう~、ご用件は有りませんかあああ~?」
と銀時が叫びながら歩く。たいていの村にはひとつぐらい、何かしらの仕事が入り、
その日の糧を得るぐらいの賃金が入った。
働いてお金をもらう…自分の力、汗が役に立つ。
それを覚えた。
こうして小さいながらも彼らは多くの人と交わり、さまざまな仕事をこなすことを覚えた。


晴れた日の青空を見上げては喜び合い、夕焼けに染まる山々を愛で、飛び交うトンボを追いかけては笑い合い、雪化粧した野山の美しさにため息をつき、突然の雷雨に晋助が泣くのをあやし、松陽の話すおとぎ話を最後まで聞かずに眠ってしまったり…
互いの温もりがこの上なく温かく、幸福だった。
土地を追われた惨めさなどは微塵も感じられない、
4人にとってこの旅は、生涯忘れられぬ思い出となった。

更に進むと小屋を建てるお手伝いもした。
時には子守や店番、屋台の売り子などの仕事もした。
3人は小さいながらも良く働けるし、何より明るく元気だったので、どこでも快く迎えられた。
時には風呂を頂き、部屋を宛がわれて布団の中で眠ることさえ出来た。



「皆さん…なんと親切なのでしょう…私たちはなんと恵まれているのでしょうね…」
「はい、先生…」
「本当に…でもみんなは疲れていませんか?」
「大丈夫ですっ!な?」

ふたつの布団に4人で並んで寝ている。
松陽の布団には誰が寝るかで大喧嘩があったのだが、
じゃんけん勝負は公正に松陽の監視の下で行われたので、
負けた小太郎、晋助はしぶしぶ銀時にその王座を譲ったのだ。



「君たちに…ひとつの魔法をかけてあげましょう…」
松陽の改まった言葉に皆いっせいに起き上がる。
「先生、魔法ってなに?魔法って?」
「何それ?食べ物がちちんぷいぷいってやると出てくるとか?」
「背が伸びる、とか?」
3人は興味深々だ!
「これはですねえ…とっても大事な時にしか使えない魔法なんです」
「へええ?」
「それもですね、ただ一回しか使えないのですよ」
「ええ?」
「ですから、『ここぞ!』という時にしか使えませんからね、よく覚えておいて下さい。
あのね…………………」


松陽の説明が続いた。
それは納得がいくようないかないような、とっぴなものであった。
だが松陽が言うのだ。
きっと間違いは無いと思う…


「ではそれぞれに、その魔法の呪文を決めましょうね。銀時は何がいいですか?」
「いちご牛乳腹いっぱい飲みてえ」
「がはは!そりゃお前らしくていいなあ!」
「うるせえよ、いいだろ?にひひ」
「じゃあ次は…小太郎は?」
「ほら、いつも言ってるヤツがよくね?ヅラ?」
「『日本の夜明けは近い』だろ?それいいかもよ?」
「でもしょっちゅう言う言葉はダメだよな」
「あ、そか、そうだよな。魔法がかかっちゃう。銀時、気をつけろよ」
「ああ、何にしようかなあ?」
3人は真剣な面持ち。
「じゃあ晋助は…」
「『先生大好き』だろ?決まってんじゃん」
「このやろ!あ、それでいきます」
「ということは、もう言えないってことだぞ?」
「あ、そか、そりゃ困る。じゃあっと…………にします」
「じゃあ俺は…………で」
「俺はそのまま『いちご牛乳腹いっぱい飲みてえ』で」
「分かりました…では…」

先生が目をつぶった。
そしてもにょもにょと口の中で呪文のようなものを唱えて、両手を合わせる。



……しばらくしてそっと目を開けて微笑んだ。
「いいですか?これはただ一度だけの魔法ですよ。ほんとに『今こそ』という時に、
つぶやいて下さいね?この魔法がかかったら元には戻れません。いいですね?」
3人は大真面目な顔でこくんと頷く。松陽はひとりひとりの頭を撫でながら祈る。

「『いちご牛乳腹いっぱい飲みてえ』…銀時に幸福を」
「『…………』…小太郎に幸福を」
「『…………』…晋助に幸福を」


「さてこれでお終い。さあ寝ましょうか」
「はあい…って先生これ本当の魔法なの?」
「本当ですよ。その時が来たら分かります」
「ふううん…」

その後ももしゃもしゃと話しながら、やがて皆眠りについた。
布団が温かくて幸福だった。


「…銀時…寝てしまいましたか?ぎんとき…」
「…?え、お、起きて…るけど…むにゃ…」
「……銀時…君に…言っておきたいことがあります…」
「…?はい?何?せんせい…」
「今後…私に何が起こっても…みんなと仲良く生きていく為に…みんなを護って下さいね…」
「え?何で急にそんなこと…」
銀時は不安になって松陽の顔を見た。
だがいつもと変わらぬ、穏やかな笑みを浮かべているだけだった。

「君はいちばん剣術が強かったから…この先に闘いなどが起こっても、
きっと皆を護ることが出来るでしょう」
「せんせい…俺たち、みんな強いよ?」
「…そうでしたねえ…強かったですねえ…でも銀時ならば…
小太郎は優しいし、晋助はどうも臆病です…その点あなたはいつもやんちゃですから…」
「きっとひるまないで闘えるって?くすっ」
「そうですよ、銀時。そういうことです」
「わっかりました、せんせい~」
「あ、ありがとう…」

銀時は松陽に抱きついた。
松陽も抱きしめてくれる。
今夜じゃんけん勝負に勝ったことは、この上もない幸運だったと銀時は心底思った。
…松陽の肩が小さく震えていたのが気になったが…





銀時は泣きながら目覚めた。

ああ、あんなに楽しかったのに…
どうして先生は俺たちを残して行ってしまったの?
 もう、もう会えないのですか?
…先生…
もう一度、その手に触れたい。
もう一度会って、抱きつきたい。
もう一度頭を撫でてもらいたい…
本当に死んでしまったのですか?
嘘ですよね?
そんなの、嘘に決まってますよね?先生!


はっと気がつくと隣に横たわる小太郎が、エリザベス人形を抱きしめながら、
何やらぶつぶつと小さくつぶやいている。

『皆さん…なんと親切なのでしょう…私たちはなんと恵まれているのでしょうね…』
(桂裏声・cv/石田彰)
「はい、先生…」
『本当に…でもみんなは疲れていませんか?』(同)
「大丈夫ですっ!な?ぐすっ」
『みんないい子にしていますか?…』(同)
「はい、いい子にしています!ひっく…」
『もうすぐ帰りますよ、待っていて下さいね』(同)
「はい、せんせい…うぐっ…え、ええん、ええん…せ、せん…せい…」
『それまで…元気で…いて下さい…ね…』(同)
「はい…せ、せん…せ…ええん、ええ…ん…」


銀時の目から新たな涙が溢れた。
涙は後から後からどんどんと出て、枕を濡らして行った。
その向こう、晋助も小さく寝言を言っている。泣いているような声。
「せん…せい…」
その声に気が付いて、小太郎が一層その身を震わせた。


ああ、俺たち、今、同じ夢を見ていたのだな…
あの、幸せな夢を見ていたのだな…

あの、夢のように楽しかった日々
ああ、あれが本当の夢ならば
もう二度と目覚めたくない
目覚めなければいいのだ
もうずうっとずうっと
その夢から目覚めなければいいのに…
そうしたら、こんな辛い日々に怯えることはないではないか
ずっと幸福な日々が過ごせるではないか…
けれども朝は誰にも等しくやってくる…
これが現実だ…夢じゃない…

銀時も小太郎も晋助も、
後から後から湧き出る涙を止めることが出来なかった…





「そうかい…で、銀時はどうしてる?」
「へい…手当てしてやって…部屋に戻りました。
小太郎もだいぶ熱が下がった様子で…」
「ご苦労だったね、京次郎…」
「いえ…」
京次郎は頭をひとつ下げて、裏へ消えて行った。

カウンターに腰掛けていた月詠が大きなため息をつく。
「……ふう…」
「ほんとに…こんな仕事をさせないでおけば良かったと思うけどねえ…
だけどうちはこういう見世だしね…まったく…」
お登勢が煙を吐きながら頭を抱える。

「松陽先生も…残念なことをしたよ……」
「女将…その男ってどんな奴だったでありいす?」
「はたち前ぐらいじゃないかねえ?色の白い男だったよ?
桃色がかった薄い色の髪をおさげに結って、チャイナ服のようなものを着て…あっ!」
「…そう…神楽に似た感じだったのでは?」
「そうだ、そうだよ。道理で初めて見るような気がしなかったんだ。
そう、神楽に良く似た、白い肌の明るい色の髪、チャイナ服…
そうか!そうだよ!ということは…」
「…夜兎…」
「…そうだ…そうに違いないよ、月詠!」
(…神威…!)


月詠の胸に苦々しい思いが湧き出でる。
晴太がこの吉原へ侵入した際に起きた、日輪の側月詠達「百華」と鳳仙との壮絶な闘い。
その闘いでどちらの味方にもならず高見の見物をしゃれこみ、
にこにこと笑いながら容赦なく罪も無い多くの遊女たちを殺した神威。
鳳仙の弟子と聞いたが、その憎み合う師弟関係はおぞましいものが有り、
笑顔の陰に並々ならぬ戦意を抱く、最も危険で最も憎むべき男だ。
この宇宙一大きな悪の組織「春雨」の幹部と聞いている。
夜兎族の最も強き戦士「星海坊主」の息子。
その父親である「星海坊主」の片腕を落としたのも、この神威なのだ。

(と、いうことは…やはり神楽の探している「兄」とは神威…
「パピー」と呼んでいる彼女の父は星海坊主…)
月詠は夜兎族である神楽の肌の白さや喧嘩っ早いその性格やらを思い出し、合点がいく。

…その神楽の兄が、あの神威なのか?…!
この吉原桃源郷に兄が来ているのを、神楽は知っているのだろうか?…
そして何故いま、また神威がここに…?
まさかまたこの吉原で何かを企んでいるのでは?

月詠は不安に眉をひそめる。
やっと落ち着いた生活が送れるようになってきた日輪と晴太だ。
そして多くの遊女たちだ。
鳳仙も、前のとげとげしい様子を納めてくれているというのに、またここで神威と対峙したら…
いったいどんなことになるのだ?
また戦闘が始まったら…
またどんなに多くの死者を出すことになるか…!


「女将、神楽には昨夜のことは内緒にしておいてくれまいか?
いや、神威が再び吉原に現れたことは、今はまだ誰にも知られない方がいい…
頼めるでありいすか?」
「ああ、いいけど…月詠?」
「わっちが…何とかしないとならないかもしれない…ふむ!
その時まで…頼みます!」
「分かったよ」
「はい。誰にも言いません。月詠さま」
たまが場違いな発言をした。

月詠は風のように走り去った。











 
目覚めなければいい  その8 08.11.28


さっと抱きかかえられて布団に転がされた。
背中から覆いかぶさる様に抱きすくめられる。
すぐさま帯を解かれて胸をいじられた。
胸の飾りを痛いほど摘む。
なぶるように強引に。

「や…痛…くっ…」
同時に首筋にも息をかけられ、熱い舌が這う。
「…っ…あ…ああっ」
「反応いいじゃない?やっぱりこういうお仕事してるからかなあ?今まで何人とヤッたのかなあ?」
「くうっ…ひ、秘密…」
「うほ!そうかそうか。くすっ」
「チクショウ、てめ…」
「君、面白いなあ…前はどう?」
「あっ」

(中略)

朦朧とする意識の中で、神威が言った「力の弱いやつ」という言葉が何度も脳裏で繰り返された。



俺は…弱いやつなんかじゃない…
決して違う…
いつかきっと力を持って、立ち上がってみせる…
みんなを護れる力を蓄えてやるんだ…!
先生に言われたのだもの…
『みんなを護りなさい銀時』って…

…今夜は俺が来て良かった…
こんなやつと寝かせないで良かった…
ヅラ…晋…

汗なのか涙なのか分からない、濡れた頬。
額にべっとりと貼りついた白い髪をそっと剥がされる。
その額に小さくキスされて銀時は目を覚ました。
神威がにこにこと覗き込んでいる。

「大丈夫?銀時くん…ちょっと無理させちゃったかなあ?くすっ」
銀時は答えようとしたが、喉に力が入らない。
足も腰も力が入らない。
やっと首だけ動かして神威の方を見る。

「ふふ…生きてて良かった」
「…こ…この…ヤロウ…」
「ふふ~。ほんと面白いね、君。俺ね、君が気にいっちゃった。
その生意気な感じ、そそられるなあ~」
「な、なんだ…とお…」
銀時は威嚇するように神威を睨んだ。
「ひゃはは、ほんと面白いねえ。いい買い物しちゃったなあ、俺。
また来るからさ、その時まで元気で居なよ。変な客に殺されたりしないでね?で、
いっぱい修業してさ、上手い陰間になってよ。楽しみにしてるからさ」

神威は銀時の両腕の戒めを解いた。
掛け布団もそっとかけてくれる。
ささっと服を着ると、もう一度銀時の方を振り返った。

「お代、いっぱい払って行くから…それで何か食べる物でも買ったら?
お菓子とか、それともおもちゃとか?ね?くすっ」
「…死んじまいな、ボケ野郎…」
「きゃはは!まったね~」

神威は手を振りながら部屋から出て行った。
襖が閉まるのを見て、ようやく銀時は息をつく。


本当に殺されるかと思った…
アイツ、何者だ?まだ若いのに?…

「面白かったです。ではさようなら。また来ます」

お登勢に過分な代金を握らせて、神威はにこにこと去って行った。
お登勢は返す言葉も無い。
得体のしれないこの若者の背中に、警戒の視線を送ることぐらいしか出来なかった。

…銀時は…大丈夫だったのだろうか…


「さあて…とお、いい子見つけちゃったなあ…
これってやっぱり誰にも言わないで俺だけの秘密にしておいた方がいいよね」
神威は鼻歌まじりに通りを歩く。
「だって誰にも取られたくないもん…違法の陰間だっていいじゃない…」

そこに野良犬が一匹、神威にしっぽを降りながら近づいて来た。
何か食べ物でも…と思ったのだろう。
が、神威は傘をぶんと振り下ろす。
一瞬の内にその犬が切り捨てられた。
道路に散る血しぶき。
群衆から上がる悲鳴。

「ほらほらあ…強いものに迂闊に近づくと怪我しちゃうよ。死んじゃうよ。
弱いものはね、自分から近付いちゃダメなんだよ~しっぽ振ってるだけが許されるんだ」
さっと傘を振って血を払う。
「ああ、汚れちゃったなあ…」




襖が開いて静かに京次郎が入ってきたが、銀時は身体を起こすことが出来ないでいた。
「…大丈夫…でしたか?」
「…痛…い…」
京次郎は持ってきた洗面器のお湯でタオルを固く絞る。
そしてそっと銀時の身体を抱き起こしてやる。
「ねえ……ヅラ…は?」
「小太さんなら、薬を飲んで静かに寝ておりやすよ…」
「そう…良かった…」
銀時が心底安堵した声で答えた。
目は開けられないでいたけれど…

京次郎は銀時のあちらこちらに付いた傷に眉を寄せる。
特に両手首に付いた戒めの痕は、はっきりと紅く、痛々しかった。
温かいタオルでそっとぬぐってやる。
次に太ももの辺り、腹の辺り…尻に付いた血痕も拭く。
血はぬぐってもぬぐっても、あちらこちらに付いていた。
菊座も腫れあがり、血のりがべったりとこびりついている。
丁寧に拭き取り、軟膏を塗ってやる。

こんなにしなくても…と京次郎は心の中でつぶやく。
まるでそれを察したかのように銀時が返した。
「平気だ…こんなの…」
「……へい…」

京次郎は黙々と銀時の身体を濡れたタオルで清めると、新しい寝間着を着せてやった。
「ゆっくりとお休みなせえやし……」
ふらふらと立ちあがる銀時に丁寧に言葉をかける。
「うん…」


敷布にもたくさんの血の跡が有った。
そして大量の汗と精液…きっと涙も。

京次郎は汚れた敷布を剥がすと、洗面器と共に抱えて部屋を出た。




銀時が部屋に戻ると小太郎はぐっすりと眠っているようだった。
額の手ぬぐいを絞ってやる。
そっと額に手ぬぐいを置くと小太郎が静かに目を開けた。

「…ごめん…銀時…俺が行く予定だったのに…」
「いんや…いいよ。俺で良かったよ、昨夜は…」
「………ひどいこと、された?…」
「ううん…大丈夫…熱、少し引いたのかな?」
「ちょっと楽になった…」
小太郎が微笑んだので、銀時も微笑み返す。
「そか、良かった…俺も寝よう…起きたらアイス、一緒に食おうぜ?…」
「そうだな…楽しみだ…」

急に背中に重みを感じて銀時が振り返ると、晋助が抱きついてきていた。
「…アイス、ありがとな…晋…」

肩に回された手を握り締める。
晋助は黙って銀時の背にぐしゅぐしゅと顔を押し付けてくる。

……泣いているの?晋助…
と銀時は思ったが、それ以上振り返りもせずに、
晋助の手を握ったまま自分も布団に横たわることにした。














 
目覚めなければいい その7 08.11.14


わずかに漏れ聞こえる三味線の音。
吉原桃源郷の奥、長屋のような建物が並ぶ路地裏。
この辺りは風俗の店ではなく、ここで暮らす人間の住居が続き、
表通りのような賑やかさは無い。
そこに三味線の稽古場が有った。


「つつつん…そういう感じがいいでござる」
「はい、師匠」
指導しているのはここ吉原で多くの芸妓の三味線の指南に当たっている河上万斉、
生徒は晋助だ。
晋助は週に2度ほど、この稽古場にやってくる。
日輪の居る遊郭で大規模な催しが行われた時、銀時や小太郎、晋助も招かれた。
料理がたくさん出るので腹いっぱい食えるぜと晴太に言われてのこのこ付いて行ったのだ。
そこで遊女たちとはまた違う、こういう場で働く芸妓たちの歌や踊り、
箏曲などを初めて目にすることとなる。
その優雅で美しい踊りや音楽にいっぺんで魅了された晋助だ。
その宴を盛り上げる男衆のひとり、三味線を巧みに操り典雅な音を奏でる万斉に、
晋助の目は釘付けだった。

あんな音、初めて聞いた…
あれはなんという楽器なのだろう…
あれを弾いてみたい…!

「お願いです。三味線を習いに行かせてください!」
「はあ?晋助、お前が、かい?」
「はい!今まで以上にお手伝いに励みます。どうか、どうかお願いします!」
晋助の真っ直ぐな視線に気合を感じたお登勢はそれを許した。
「じゃあ私ので良ければ…ちょっと古いけどねえ」
お登勢から三味線を譲り受けた晋助は、夢中になって練習に励んでいる。

うまくなりたい…
万斉のような音を出したい…
万斉のような仕事に就けたらいいのに…
と晋助は本気で考えていた。
ここでの色子としての命は短い。
声変わりが来てしまっては、その商品価値が格段に下がる。
その時期はもう目の前だ。
高い声が出にくくなってきているのだ。
その時が来る前に、ここで暮していく為には何か技術を身につけなくては…と考えていたのだ。
「つつつん…さてここで間を取って…そう、そうでござる。晋助はなかなか筋が良いでござるな」
「そう、そうですか!うわあ」

晋助は嬉しかった。
剣術でも学問でも小太郎に敵わず、あのふらふらした銀時にも剣術で勝ったことは無かった。
吉田先生の塾で、何一つ彼らに敵うものを持てなかった晋助は、
万斉に三味線の筋を褒められたことに舞い上がった。
ますます練習に熱が入る晋助だった。

「では次回は木曜日でござる。それまでに今日の所をきちんとさらっておくように」
「はい。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる晋助の後ろには、迎えにきた京次郎が立っていた。
無言で頭を下げる。
「さあ、戻りましょう、晋さん」
「うん!」
「それでは…」
帰り際に振り向いた京次郎は万斉に鋭い視線を送る。
「おやおや…見抜かれているようでござるなあ…アイツ、
只者では無さそうでござる…くくくっ…」



「ねえ、京次郎。俺ね、上手いって言われたよ!筋がいいって言われたよ~」
「それはよござんした!晋さんはいつも一生懸命練習していますからね、
成果が出たというもんでござんすよ」
「そか!いっぱい練習したら、もっともっ上手になるかなあ?」
「ええ、必ず…きちんと努力したものは、必ず身に付くように出来ているんで」
「うん、分かった」

晋助がきらきらとした目で語るのを、京次郎は頼もしく見つめる。
握りしめた手をぶんぶんと振り回す晋助。
子供らしい、明るい未来へのまなざしが痛いほどだ。
「京次郎、ねえ、あそこでアイス買って」
「へい。それでは銀時や小太さんにも買って行きましょう」
「やった!」

手を振りほどいて先に走って行く晋助を、京次郎が目を細めて見つめていた。


アイスを土産に寺田屋に戻った晋助は、その慌ただしさに呆然とした。
何やら小太郎が叫んでいる。


「いやだあ~、あ、京次郎!急いで俺の着物、着せてくれ」
「…何?どうしたの?ヅラ?」
「熱が有るっていうのに部屋へ上がるって聞かないのさ」
「平気だとさっきから言っているではないか。
お客人をこれ以上待たせる訳にいかないであろう?お登勢さま」
「だから…今日はおよし。ちゃんと寝て、熱を下げてからでないと…」
「何なんです?女将さん…」
「ああ、京次郎。先ほどから待っている客が居るんだよ。
髪の長い子がいいって言う…で、小太郎にと思って来たらば熱が有るっていうじゃないか。
なのに小太郎が行くと言って聞かないんだよ」
「ああ…それならば小太さん、女将さんの言うことを聞かなくてはなりませんよ。
今日の所はおとなしく寝て、熱を下げて…」
「う、うるさい!京次郎!さっさと着物を着せろと言っている!ごほんごほん」
「ほれ見たことか。小太郎、今日は休んでいな!」
「平気…だと言っているのに…ごほんごほん、ええん」

小太郎が京次郎に抱きついて泣き出した。
何度も何度も咳きこんでいる。
その背を撫でながら京次郎は困惑した。
「小太さん…」
「ええん、ええん…ごほんごほん」



「なら俺が行ってくる」
「え?銀と…」
先程から無言でじっと様子を伺っていた銀時が、部屋を飛び出して行った。
誰も止めることが出来ない勢いだった。
皆、唖然としている。
「あれ行っちまったよ…どうする気だろうねえ?
白髪に短髪、ああ、文句言われるだろうに…」
「化粧もしてません…それに着物も…」
「銀時…アイス溶けるよ…」
「お登勢さま、今夜のおかずは何にしましょう?」
「……」
「ええん、ええん~ごほんごほん」
「さて小太さん、お薬を用意しますから、それを飲んだら寝ましょうね…
大丈夫、すぐ良くなりますよ…
起きたらアイスがありますからね…」

京次郎に促されて、小太郎は泣きながらようやく頷いた。 
皆、心配そうに小太郎を見やる。
そして銀時が走って行った部屋へ、その視線を流した。




「お待たせしましたあ!今日は俺が相手する!この白い足見て勃たせやがれコノヤロー!」
勢いよく襖を開けて銀時が飛び込んで行った。
着物の前をまくってその足を露わにする。
「あれえ?」
「あれ…?お客人…でっか…?」
出されたお銚子を手酌で傾けていたのは、まだはたち前ぐらいの髪をみつあみにした青年だった。
驚く様子も見せずに、にこにことしている。
「あのさ、俺さ、髪の長い子をリクエストしたんだけど?なんで君?」
「ああ…あの、の、髪の長いのは今日は休みなんで、俺が来たの」
「あれえ?女将はそんなこと言わなかったけどな~?」
「急に熱が出たの、だから休み。今日は俺が当番」
「くすっ、当番」
「うるせえや。いいだろ?俺でも。ヅラよりずっと白くてイイぜ?保証する…」

と言いながら銀時はその客の肌色に驚く。
負けず劣らず色の白い青年で、ピンク色に近い薄い茶髪を後ろでひとつのみつあみにまとめていた。
若いし見栄えもそこそこに良く、こんな見世に来るようにはとても思えない。
銀時は威勢良く来たのはいいが、この妙に落ち着き払った笑顔の青年に戸惑う。
どうしよ…

青年がすっとにじり寄って来た。
「色が白いなら俺の方も負けないなあ…ほらどう?」
青年は服の袖をまくり、露わにした銀時の太ももに並べてみせる。
「ほらあ、おんなじぐらいじゃないかなあ?けらけら」
と笑う。銀時はむかついた。
「で、でも…あっ!」
銀時はその青年にあっという間に組み伏せられた。
「でもさ、力は俺の方が強いよ…ほら動けない…」
青年はにやりとほくそ笑む。
「ち…ちくしょ…」
両腕を押さえ込まれ身動きが出来ない。
「名前…なんて言うの?」
「ぎ…銀…時…」
「ふうん、銀時か。威勢がいいなあ。ま、いいかな、君でもさ。
綺麗だもん、君の白い髪、赤い瞳…」
またにやりと笑う。
銀時はこの笑みが得体のしれない、恐ろしいものに感じる。
変に怒らせると怖い人なのかもしれない?…

「じゃあさ…君の肌がどんなに白いか、見せてもらおうかなあ?ね?銀時くん?くすっ。
俺は神威。よろしくね」









 
目覚めなければいい その6 08.10.26



「へえ~、こりゃあ思ったよりも中、広いんですねぃ」
「…んむ…難儀だぞ…」

真選組副長土方十四郎と沖田総悟だ。
初めての吉原桃源郷である。
制服と警察手帳で無事に大門を通過出来たものの、右も左も分からない。
思った以上の広さと猥雑な店の多さ…土方は大きなため息をつく。


彼らはこの吉原に逃げ込んだらしい賊の逮捕の為、下調査としてやってきた。
見た目や雰囲気は地上のかぶき町と大差ないように思えるが、
空が無いというのは思った以上に圧迫感を感じるものである。
見上げても太陽も雲も無い。
あるのは灰色のメタリックな天井とそこを縫うように走る水道管と電気配線…
そしてきらびやかなイルミネーション…

この時間なら地上ではまばゆいばかりの日の光に目を細め、
額ににじむ汗にふく秋風が、涼を呼んでくれるはずなのに。
見渡す限り、うんざりするほどの大小さまざまな風俗の店が立ち並んでいる。
そこにきらきらとそびえ立つ、三日月と兎のオブジェ。

ここが常夜の街、吉原桃源郷なのか…
この街から、たったひとりの賊を探し出すのか?
よくもこんな所に逃げ込んでくれたもんじゃないか!
通行手形をよく手に入れたもんじゃないか!
あん?コノヤロ~!

数日前、近藤と土方は警視総監松平片栗虎に呼ばれて説明を受けた。
かぶき町に潜んでいた麻薬の売人Xが、吉原桃源郷に逃げ込んだという情報が入ったのだ。
このXは地球人には致死量に当たる薬を大量に売りさばき、多くの死者を出したことから、
どうも天人であるらしいとの噂が流れ、真選組にも調査依頼が来た。
そこで、まずは…と土方と沖田が出向いたのだが…


「あらあ、真選組の隊服を着てるそこのお兄さん方!
ウチで遊んで行かない?それコスプレ?」
「ねえ、サービスするわあ、お武家さまあ~」
「あらあ、茶髪のお兄さんも素敵ねえ」
格子窓から遊女たちの腕が伸びてきて土方が腕を掴まれてしまう。
何度も振りほどくがキリが無い。

「ああ、ああ今日は仕事だ。遊んでやる訳にいかねえんだよ」
「ああ、ああ後で行きやすから、待ってて下せえ」
「きゃああ、待ってるわあ~」
「必ず来てねえ~」
「へいへい~」
総悟の満面の笑み。
手まで振っている。
信じらんね!


「お姉ちゃんAは巨乳、お姉ちゃんBは色っぽい唇、
お姉ちゃんCはクッション並みのケツ…とぉ」
「んなコト手帳に書くな!」
「あれえ土方さんてば、その気にならねえんですかぃ?
可愛い女ばっかりじゃねえですか!信じらんねえな」
「信じられねえのはお前の方だボケ!今日は仕事で来てるのを忘れたか?
ふざけるのもいい加減にしろ!」
「何言ってるんですかぃ土方さん!男じゃねえな」
「ああ?何を…」
沖田は土方の耳元でそっとつぶやく。
「……………遊女たちと遊ぶと、情報が入ってくるかもしれやせんぜ…?」
「…!」


総悟が言うことも一理ある。
正攻法でだけで賊が捕まるとは限らない。
それも地下へ逃げることまで頭が回る奴らしいではないか。
これは捜査方法をもっともっと練らなくてはならないな…と土方はタバコに手を伸ばす。

「じゃ3時間後にこの兎の像で待ち合わせって事で~」
「ああ?待て、総悟!総悟!」
土方の声も空しく総悟はさっさと消えて行ってしまう。


「ああ?どうしろと言うのだよ…まったく…」
ひとり残されて土方は憤慨する。


怒りに肩を上げた所に、少年たちが走ってきた。
真横を走り抜けられ、土方は体勢を崩す。
「おおおっと」
土方は火を点けようとしていたタバコを落としてしまった。
「あ、スミマセン~、おじさん」
「何だとお?おじさんだとお?」
怒りに振り返り際、土方は雷に打たれたような衝撃を受ける。
それはいきなり土方の胸を貫いた。
な、なんと…!


「はい」
「ああ、どうも…」
落したタバコを拾って手渡すと銀時は走り去る。
後に続くは小太郎と晋助、晴太だった。
少年たちは笑いながら、あっという間に土方の前から居なくなる。
一迅のつむじ風のように。


……何だったのだ?今のは…
まだ10歳かそこらだろうか? 
まっ白い髪に白い着物、朱を帯びた目の色…
何故ここ吉原に子どもが居るのか?
遊女たちの子なのだろうか?

……そこで土方は気がつく。


そうか…陰間か…色子なんだな…


土方は銀時に手渡されたタバコを咥えたまま、
火も点けずにつむじ風の去った方向を睨みながら、その場に立ちすくんだ。






屯所に戻ってからも土方はあの白い少年が目の前にちらついて仕事にならなかった。
ふわふわとした白い髪を、朱がかかった瞳を思い出しては悶絶している。

あの子はどこに居るのだろう…
どこへ行けばまた会えるのか…

そればかりが気になる。
会いたい。もう一度。
…だがマズい。ショタだったのか俺は俺は俺は…?

土方は屯所の自室で空ばかりを見上げている。
こんな青い空が出ているというのに、
あの子らはこの空の下で遊ぶことも叶わないのだな…
あの兎の像の付近で遊んでいるのだろうか?
ちゃんと食べているのだろうか?
4人ほど居たけれど、皆、色子なのだろうか…?


「で?この件なんですけど…こちらの報告書でいいですかねえ?」
「ああ、山崎、それでいいから」
「え?これでいいんですか?」
「いいと言っている。そのまま提出しろ」
「へい、副長…あの……どっか加減でも悪いんですか?」
「あん?どこも悪くねえよ。何でだ?」
「だって…(俺を怒鳴らないんだもん。おかしいに決まってるよ?)
…あ、そすか、じゃあこれで…」
山崎は雷が落ちる前に…と早々に土方の部屋を後にする。
そして沖田と廊下ですれ違った。

「土方さ~ん…あれ呆けてる、どうしたんですかぃ?
吉原に、可愛い娘でも見つけたんですかぃ?」
「そ、総悟!(え?俺、呆けてるのか?)な、何を言ってる!(汗)」
「ふふ~ん…どうやら図星ってかぃ」
「総悟テメエは…ととと、お前は何か情報でも掴めたのか?」
「いんや、まだですけどねぃ…可愛い子なら見つけましたぜぃ」
「お前は!ちゃんと仕事しろと言ったはずだ!」
「仕事しましたよお、だからあ可愛い子見つけてもね、しけこまないで帰ってきたんでさあ。
本気で遊ぶ気なら3時間で戻りやせん」
「……まったく!」
総悟はいつものように土方をからかうように喋っていたが…

「でも土方さん…」
「あんだ?」
「吉原桃源郷の通行証…俺、買おうと思ってるんでさ」
「は?」
「仕事じゃなくて会いたいって…へへ、ちょっと思ったもんで」
「…そ、そうなのか?…」
「へい…ちょっと酒でもって入った店にね、まだ見習いの少女が居たんでさ。
そいつ、赤いチャイナ服を着てヘンテコリンな中国言葉を使うんですが、
なんかこう…いいなって思って…また会ってみたいって……へへ…」
沖田は普段の生意気な態度から想像もつかないほどの赤い頬をして照れる。

「先輩ホステスの陰で小さく笑うんですけど…その顔がどうにも寂しげに見えてならねえ…
ありゃあきっと訳が有るんだ…それを聞いてやりてえって思って…」
「…ふむ…」
「だから通行証買えばオフの日に会いに行ける」
「ふむ…」
「金ならいくらでも出そうと…」
「ふむ!」
「ダメですかい?土方さん。必ずオフの日だけ遊びに行くってことで…」
「ふむ!許す」
「ほんとですかぃ?」
「ああ、許す。だから買い方を教えてくれ。俺も買う」
「はああ?」

陰間として働くには何か余程の訳があるのだろう。
総悟の気持ちと同じだ。
俺はどうしてもあの少年に会ってそれを聞こう。




土方は決心した。
吉原桃源郷の通行手形を買うのだ!










 
目覚めなければいい  その5 08.10.19





寺田屋は他の妓楼と違い、見た目もただのスナックだ。
一階では普通に酒も食べ物も出す。
そこに横丁で引っ掛けてきた男を連れて女がやってくる。
「引っぱり」と呼ばれる遊女だ。
一杯飲ませて商談が成立すると2階へ上げる。その部屋を寺田屋が貸すシステムだ。
常連の引っ張りが数人いる程度の、小さな見世なのだ。
だが銀時らは、夜はこのスナックに入ることは禁止されている。

銀時ら陰間がこの寺田屋に居ることは表向きは秘密にされているのだ。
が、影の要望は意外と多く、毎夜のごとく代わる代わる部屋に上がっているのだった…


まだまだ「そういうこと」を知らない年齢だった。
だが男たちが一夜限りの女を買いにこの地下へ降りてくるのを見、
奥の部屋から漏れ聞こえる女たちの声を聞き、
そういうことは自然と覚えてしまった。
そして男たちの手によって教えられた「色子としての技」は、
まさに生きてゆく術であった。

痛みも恥ずかしさも屈辱も押さえて微笑み、客の前にすべてを晒す…
そうこうしているうちに彼らも吐精することを覚えた。
全ては、先生が戻られるまで…辛い日々でも束の間の幸福と希望に支えられて生きてきた。
なのに、その先生は捕えられ、処刑されたと言うではないか!



銀時は長谷川がお登勢に話すのを聞いてしまった。
スナックの暗がりで、小さい声でぼそぼそと話していたのを。

「…それは…本当のことなのかい?」
「ああ…俺の昔の知り合い…幕府のな、から聞いた。
現政府への謀反を企てた疑いで逮捕されていた数人の中に
確かに吉田松陽の名前があったそうだ。
そいつら全員…先日死刑になったそうだよ…」
「……そう…かい…」
「どうする…もちろん言わないでおくんだろうね?」
「そうだね…言わない方がいい…時が来るまでは…」「て…いつまでだい?」
「いつまでも…だよ」

長谷川は大きく頷くと行ってしまった。
残されたお登勢が、声を立てずに泣いていた。
その肩が揺れるのを見ながら、銀時は茫然とした。
そっとそっと足音を立てずにその場を後にする。
ショックで気がおかしくなりそうだったが必死で階上へ上がると、
小太郎と晋助が布団の上で漫画雑誌を読んでいた。

「おう銀時。何だって?今日はお使いは何を買ってくればいいって?」
「帰りにアイスでも買いたい…」
ふたりは飛び込んできた銀時の蒼白な顔に驚く。
「銀時、どうした銀時!」
「…あっ…あ…ああああん」
「銀時!銀時!何があった?しっかりしろ!」
「どうした?銀時?」




「……そんなこと…信じられない!だろ?ヅラ!」
「……」
「嘘だと言えよ、銀時!嘘だ…と!この…!」
襟繰りをつかんで、晋助は銀時を揺さぶる。
「嘘だあああ…先生、あああん!」
「ああん…!」
「ああ、嘘に決まっておる」
小太郎が立ち上がった。
「…?」
「良く考えてみろ。松陽先生がそんな大それたこと…
現政府に楯突くようなことを企てていらっしゃったなど有り得ないではないか。
穏やかで誰にでも均等に優しく思慮深い先生の御心映えは、
俺たち塾生が誰よりも知っていることである。そんなことは嘘だ」
「…で、でも…あの長谷川が言ってた…」
「何を言う銀時。あの前科者の長谷川と我らが吉田松陽先生と、どちらを信ずるというのだ。
お前の目はどこを見ている」
「…そう…だよな、ヅラ!せ、先生は…死んでない!」
「ああ、晋助。先生は生きていらっしゃる。必ず…俺たちを迎えに来て下さる…」
「…だよなあ、そうだよなあ!あの長谷川め、嘘をついてるんだ、嘘に決まってる…」
「そうだ銀時!俺たちは…先生が…迎えに…来てくれるまで…
ここで力を合わせて……生きて行くんだ!」
「うん…うん…!」
「先生の…お帰りを…待つんだ…」
「…うん…ひくっ」
「きっといつか…迎えに来て下さるよ…」
「…う…ん…」
小太郎の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
晋助も泣いている。
銀時も泣いていた。
3人で抱き合って泣いた…
いつまでもいつまでもいつまでも泣いた…

そうして3人はここで色子として働くことを決意したのだ。




コツンと小さな音がした。
銀時らの部屋の窓に小石がぶつかった音だ。
「あ、全ちゃんだ、きっと!」
窓の鍵を開けるが早いが忍者装束に白いマフラーを巻いた服部全蔵が顔を出す。

「ほれ、今夜はマッシュルームピザでござい!」
「いやっほう、やったああ」
「あれ?もう支度してるんだな?大丈夫かな喰っても」
「うん、大丈夫。ちゃんと後で紅を足してもらうから」
「そうかい。それとこれ、ジャンプの今週号」
「うわあほんと?もう読んだの?全ちゃん」
「おうぜ。やるよソレ」
「サンキュ、全ちゃん!」
「じゃな!まだ配達が有るんだ。あばよ」
びゅうっと音を立て、風のように忍者服部は消えた。

いや忍者装束なのはユニホームだ。
彼は忍忍ピザという宅配ピザ屋でバイトしているのだ。
毎週月曜日か火曜日あたりにやってきてはジャンプを置いて行ってくれる。
そしておまけにピザをこっそり持って来てくれたりする。
その彼は日中は地上の「未来が読める少女」として有名な阿国という女の子の下で雇われ用心棒をしているということだ。
彼は宅配業者専用のパスを持っているので、地上と地下を自由に出入りすることが出来る。
だから地上でしか売っていないジャンプを彼が持ってきてくれるのを、
銀時は非常に楽しみに待っているのだった。

どんな表情をしているのかも分からないほど長く伸びた前髪…
だが思いの外子どもに好かれる性格のようだ。

「まあ、俺に出来ることはこれ位しか無えからなあ…」
ひとつ小さくため息をつく。

今夜も彼らは金で買われて、男たちの餌食になるのだろうか…
痛みや屈辱に泣いたりしないのだろうか…
服部は建物の屋根から屋根へと、宙を飛び跳ねる猫のように敏速に移動する。

少年たちが喜ぶなら、ピザを一枚店からくすねるなんてこたぁ容易なことだ。
漫画本を届けるなんて容易なことだ…
おっとっと、地上と違って、天井にぶつからねえように飛ばなくてはならねえなあ…
容易じゃねえぞ、こりゃあ…


「うめえ!ほら晋助」
「うん…あ、あちちっ!」
「慌てんぼうだな、晋助は…おっとあちちっ」
3人は全蔵が持ってきてくれたピザを頬張りながら、
ジャンプを回し読みして過ごした。
そして満腹で幸せな眠りについた。



その夜は誰も呼び出されることはなかった。













 
目覚めなければいい  その4 08.10.13





日輪の部屋でお菓子をもらってひと時遊んだ後、
銀時らは晴太と次の約束をして寺田屋に戻った。
そろそろ見世がたて混んでくる時間になる。
通行手形を持った男たちとすれ違う時間となった。


銀時らは一張羅の着物に着替える。と言ってもそれは、
遊女たちが着る襦袢で、丈を直してもらった物なのだが。

そこに寺田屋の用心棒兼男衆である京次郎がやって来た。
彼は元は任侠を背に纏った男であるが、主人を失ってからはこの寺田屋に来て用心棒をしている。
そして銀時らの着物を整え、化粧をしてくれるのだ。



「さて今日は誰からで?」
「俺…」
銀時が手を挙げる。
昨夜は晋助だけが呼ばれたが、今夜は晋助を立たせる訳にはいかないと銀時は思っていた。
「なに?今夜は俺が行くつもりだ。まずは俺からやってもらう」
「うるせえよ、ヅラ!俺が先だ!」
「何を?俺だ!」

晋助も負けていない。
晋助はふたりの気遣いがうっとおしかった。
俺は平気だ、と言いたかった。
いつも3人で仲良くしなさい…大切な先生が残していった言葉が甦るが、
それとこれとは別だと考えている。
3人が掴み合いになる。

「へえへえ、では銀時から…順番でござんすよ」
京次郎は3人のやり取りにその口元を緩ませる。

京次郎の手は、かつては剣を握っていたとは思えぬほど器用であり、美しい。
その馴れた手つきで顎を持ち上げられ、紅筆を当てられる。

「じっとしていてくだせえよ…」

銀時の肌は白粉を乗せなくとも十分に白かった。
瑞々しい薄い唇に朱を乗せると一層映える。
頬紅も、目もと周辺に淡くぼかす。
ふわふわとした白い髪に櫛を入れ、紙を一枚咥えさせて紅を落ち着かせると銀時が目を開けた。
化粧を施された銀時は一層その白さを増して美しく仕上がった。
先ほどまでの、死んだ魚のようなぼやんとした目つきでは無くなる。
まだ幼さの残る体型と顔つき、だがその眼の奥に宿る芯の強い光。
これらが相乗すると銀時の美しさがなお一層映えるようになる。
首も胸も手足も、女よりも白いのでは?という程に透き通っている。
この危うい銀時の様子に男たちが溺れるのも納得、と京次郎は思う。


「へい…出来やした…」
「では次に、俺を…」
小太郎が進み出た。
「俺だってば、ヅラ!」
晋助が横入りしようとするのを京次郎が止めた。
「晋さん、待ちなせえ。順番と申し上げたはずです」
京次郎の凄みのある目が晋助を黙らせた。

「小太さん、後を向いて…」
京次郎が小太郎のその長い髪を丁寧に梳る。
ポニーテールに結い上げ、元結で縛る。
紅は真紅。
黒い髪に映える。
眉を書き足し、眼尻に紅くアイラインを入れる。
小太郎の着物はいわゆるお小姓姿だ。
鶯色の絹羽二重の着物に袴。その出来上がりは少女と見まごう美しさだった。
ちらりと見えるその首筋の白さと細さにはどんな男でも堕ちるだろう。


晋助も同様に唇に朱を乗せてもらい、頬紅を多めに差す。
どうも晋助は疲れが顔に出やすいようだ。
一層濃く肌色も乗せる。
アイラインを足すと切れ長の目元が強調され、
長い睫毛が頬に影を落とすと晋助も少女のように美しい。
艶の有る髪にも丁寧に櫛を入れてもらい、襟元も整える。


これで準備完了。
京次郎は出来上がった3人の様子を丁寧に見渡す。
そして一度だけにこりと微笑んだ。

「布団の上で暴れないように…帯が緩んでしまいますからね…
物を食べたり飲んだりして紅を落とさぬように…
では今夜も無事にお勤めなさりますよう」

いつもと同じ口上を述べ、小さくひとつお辞儀をすると京次郎は持ち場へ戻っていった。
その5分後にはもう布団の上でじゃれあう3人だったのだが…

綺麗にお化粧されても嬉しくも何ともないし、着物は着ていてつまらないものだし、
出来ればこのまま寝てしまいたいのだが、これも彼らが出来る唯一の仕事となれば我慢も必要だ。
ここに置いてもらうには、せめて自分たちの食いぶち位は…とヅラが言い出したことだった。



「すべてをお登勢さまの好意に甘じていては侍たるもの、申し訳が立たん。
先生がお戻りになるまで、俺たちはここでお手伝いをしなければならぬと思う。
幸いにも…その…男の子どもが欲しいという大人がおるらしいので、俺たちは…その…」
「陰間として働こうってことだよね」
銀時が口を挟んだ。
「いいよ。ここはそういう見世なんだってね」
無言で晋助も頷く。
「先生が…戻られるまで…俺たちは…力を合わせて生きていこう…」



3人は目を合わせて頷き合った。










 

★まずは今日は
坂田銀時くんのお誕生日です!

「おめでと~、銀さん!」
叫ばせてね。
こちらへもどうぞ

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あ、拍手ありがとうございます!(泣)
完成まで頑張りますね!


では 



目覚めなければいい  その3 08.10.10






「やっほう、晴太!」
「おおい、銀時~、ヅラ~、晋助~!」
「ヅラじゃない、桂だ」
もう誰も相手にしない。晴太は手を振っている。
後ろには大きな兎のオブジェが建っている。

晴太もこの吉原桃源郷に住む少年だ。
両親は居ない。
この吉原で働いていた遊女が命を賭してこの晴太を生んだが間もなく死亡、
だが吉原で生まれた子どもは、ここで働く全ての遊女たちの生きる喜びとなる。
幼い内にここへ売られてきた哀しい事情を抱える多くの女達。

商品として扱われ、女という性を操られ、だが子を生み、子を育てるという
女としての幸せを一生手に入れられない。
子を孕んだ段階で見つかるとその場で処理され、
運よく生むことが叶っても子どももろとも処分される立場にあったのだ。
だから晴太が生れた時の、遊女たちの喜びは大きかった。
全ての遊女たちが「母」となり、
必死で隠しながら育てていたが、楼主の鳳仙に見つかりそうになった所を、
太夫「日輪」が晴太と共に吉原脱出を試みたが失敗に終わった。
だが間一髪、ひとりの老人に晴太を渡すことが出来、命だけは助けることが出来たのだが
その後老人は死亡。
どうしても母に会いたいと願う晴太はこの地下への侵入に成功し、
現在は日輪の元で暮らすことが出来るようになった。

その間、鳳仙との間でざまざまな紆余曲折があり、
罰として日輪は両足首のアキレス腱を切断され二度とその足で立てなくなってしまっている。
だが日輪と晴太の必死の説得の甲斐があり、
今ではその鳳仙も、まるで晴太の祖父のように温かくふたりを見守ってくれている。
実の親子ではないが、実の親子以上の絆が結ばれたふたり…
晴太は日輪を母と呼び、日輪は晴太を息子と呼べる、
成さぬ仲ながらも幸せな日々が続いていた。



「今日は時間ある?晴太。仕事は?」銀時が問う。
「うん。仕事は休みだ。後で母ちゃんが部屋へ遊びにおいでってさ」
「うほ~!かつての吉原一の花魁の部屋へか?スゲ!」
「あはは、違うって。私室だよ。お菓子くれるって」
「うほ~!やったぁ。お前の母ちゃん日本一!」

晴太はおもちゃ屋(大人の)の店番として働いている。
ここ吉原では子どもたちも働かなくてはならない。
晴太と銀時らは、お互いの無い時間をやりくりしてよく一緒に遊んだ。
年齢が近いということも、吉原では子どもが少ないというのもあろうが、
やんちゃ盛りの男の子4人が集まるとまずはこの行事が待っている。
この吉原桃源郷のシンボルとも言うべき兎のオブジェに登ることだ。



銀色に輝く三日月。その上に飛び跳ねる兎。
夜兎族である楼主鳳仙が建てたものだ。
口にはその夜兎族必携の傘を咥えている。
地下遊郭の象徴とも言えるこの巨大な像は吉原桃源郷のほぼ中央に設置されている。
きらきらと輝くその銀色のオブジェ周辺は銀時らの恰好の遊び場だった。

兎はかつて先生らと共に暮らした田舎にはたくさん居た。
よく追っかけまわして遊んだ。
だから小太郎はこの兎の像を見るたびに、遠く松陽先生との楽しかった日々を思い出して涙が出る思いがした。
だがその気持ちを無理やりにねじ伏せる。
真っ先に兎の背まで登りつめた銀時は、まだのろのろとよじ登る晋助を大声で呼ぶ。
「晋助~、早く来いってば!」

晋助は高い所が怖いのだ。
ぐずぐずとしている。
次に上がってきたのは晴太だ。次に小太郎。で最後に晋助。

「いい眺めだよな~」
「きゃはは」
4人は大声で笑い合う。
晋助の声だけは小さいけれど。

「こらあ~!また!お前たちはあ!」
「やべ!月詠姐だ」
「危ないっていつも言ってるだろう?まったく!」
オブジェの台座の下から月詠が怖い顔で叫んでいる。

だが4人はお構いなしだ。
足をぶらぶらさせながら小突き合って笑う、
着物を引っ張り合う、じゃれあってもつれる。
「降りて来い~、こらあ~!」
月詠の声は4人の笑い声にかき消された。

この時間が、4人にとって最も楽しい時間だった…



「いつも晴太と遊んでくれてありがとうね」
日輪が微笑む。隣には先ほど叫んでいた月詠が立っている。
まだ怖い顔をしているが。

日輪は車椅子に乗っていた。
アキレス腱を傷つけられてから自分の足では歩けなくなっているのだ。
だがその微笑みはさすがに吉原一の花魁と呼ばれるにふさわしい、
優しくそしてその名の通り太陽の輝きにも似た、明るいものであった。
ここ地下遊郭では決して拝むことの叶わない、本物の太陽にも勝るほどの…


「さあ、食べてね」
「うわあい、んまい棒だあ~!おれコレ!」
「頂きますでございます、日輪さま…(ペコリ)」
「ありがと…うです…」
「んじゃキャッチボールしようぜ、ほらボール」
4人は口をもぐもぐさせながら、さっさと暴れ始める。
「ああ、もう~、こぼすんじゃないよ、もう~!」
「うふふ…いいじゃないの、月詠。元気が一番」
「でも掃除が…ああ、こらあ~!」
「ほら、こっち投げろよ、銀時~!」
4人の暴れまわる様子を見て、月詠はため息をつくが、
晴太たちを見守る日輪の横顔に、月詠は心底安堵する。

こんな日輪の笑顔を見る日が現実に来ようとは…

月詠がここへ売られてきた時には日輪は既に一人前の遊女だった。
禿と呼ばれるまだ見世にも出られない見習だった頃から、月詠は日輪の側に居た。
だが幼い月詠は自分の運命を受け入れられず、
連れてこられた妓楼でも逆らってばかりいたので、
先輩遊女亀吉に殴られ傷ついた所を日輪が介抱してくれたのが始まりだった。


「何が気に入らないか知らないけどね…ちったあ笑ってみたらどうだい?
よく見りゃ可愛い顔してんのに…」
手を縛られ、折檻部屋に転がされている月詠に、握り飯を持ってきてくれたのだ。
「…こんな所イヤじゃ!こんな所に居たらわっちも商品になり下がってしまうじゃないか!
こんな不自由な所、牢獄と同じじゃ!そんなら殺された方がマシじゃ!」
日輪はくすりと笑って月詠の傷をそっと拭く。

「牢獄ねえ…そんな事を言ってる奴はねえ、自分で自分の心に檻を作っちまってるのさ。
そんな奴はね、地上だろうが地下だろうが本当の自由なんて掴めないんだよ。
逆らってるヒマが有んなら、その檻ん中で自分自身と闘いな」

そう言った日輪の目は死んでいなかった。
こんな事を言う人間に会ったのは初めてだった。
だが月詠はこの後に起きた事件に更に目を丸くする事となる。
月詠を殴った先輩遊女亀吉を、日輪が殴り返しに行ったというのだ。


先日の自分と同じように、後手に縛られ、
折檻部屋に転がされている日輪にこっそりと会いに行くと…
「その握り飯…食わせてくれないかい?」

月詠の心に温かい日の光が差し込んだ瞬間だった。
月詠は先日の礼にと、握り飯を持って行ったのだ。
だがまだ幼い月詠の作った握り飯はきちんと握られず、崩れたひどい代物だったが、
日輪は喜んで食べてくれた。
この笑顔…この日輪の笑顔こそが、吉原全体を照らしているのを月詠は悟った。
辛い日々に耐えて生きる遊女たちの心をいつも明るく照らし続けている存在が日輪だった。
皆がその笑顔につられて笑った、笑った…
まさしく日輪はここ吉原桃源郷の太陽だったのだ。
そうして月詠は決心する。

この日輪を護る存在になろう、と。

月詠は自分の顔を己で傷つけ、遊女としての価値を落とし、
この吉原を護る「百華」という自警団を創る。
病気や怪我で働けなくなった女たち、処分されるのをただ待つことしか出来なくなった女たち、
脱走を試みて捕えられた女たちを集めては、
自分と同じように顔に傷をつけて「処分完了」と報告し、この自警団に匿った。
だが日輪は晴太を逃がした罰として鳳仙にアキレス腱を切られてしまい、幽閉されてしまう。

「子どもを殺すのも何もかも、お前の決心次第ということなんだぞ?え?日輪」
鳳仙に突きつけられた刀に、日輪は頷くことしか出来なかったのだ。

両足が動かなくなってからの日輪は、笑うことがなくなった。
見世にも出ることはなく、盲目的で偏狂な愛に取付かれた鳳仙にのみ、
その身を抱かれる日々…

…幸せに成長しておくれね…
日輪の、ただひとつの願い。


その子どもが晴太だ。
その晴太が地下へ侵入した辺りから、日輪の身辺は慌ただしくなる。
月詠と鳳仙らの決死の闘いの後、やっと前と同じ笑顔が日輪に戻ってきたのだ。
やっと穏やかな日々が戻ってきたのだ。


今までも、これからも…わっちが護るのは日輪だ…
日輪の幸福だけだ…
月詠の精神は未だ揺らぐことはない。












 
その2 10.6




「おはよ、ババア。お、銀ちゃん」
「おはよう、神楽。お疲れさんだね」

神楽と呼ばれた少女は、チャイナ服に丸くまとめた髪、
大きな目をしていつも傘を手にしている。
透き通るような白い肌をしているが彼女はこの地球人ではなく、
天人の種類である夜兎族の一人であった。
夜兎族はその戦闘能力の高さから周囲から恐れられていて、
この吉原桃源郷の楼主である鳳仙も夜兎族と聞いている。
日の光に弱い種族なので、この地下に妓楼を立てたのも地球で生きて行く手段でもあった。

神楽は近くにあるキャバレーで、見習いとして働いていた。
母は亡くなり父と兄が健在だが、反りが合わずひとりで暮している。
黙っていれば可愛らしいのだが、その口の悪さが玉に傷…
神楽は銀時の前にあった牛乳を勢いよく飲み干してしまった。

「あ、コノヤロー!」
「い~だ、うるさいアル!あ、ババア、もう一杯ネ」
「何杯でもやるから、銀時のを取るんじゃないよ」
「あい~アル」
「ふん、この大飯喰らい!」
「何アル!」
銀時は神楽の腕にしがみついて抗議したが、軽く交わされてしまった。
いつも掴み合いの喧嘩をしている二人だ。
なのにいつも勝てない。
くそお、いつか俺が大きくなったらきっと…!と銀時は歯噛みするが、
開いた玄関から入ってきた少年に頭を撫でられてしまった。
「おはよう、銀時くん。今日も元気そうだねえ」

この少年は新八と言う。
少年といってももう16歳で、銀時よりも背が高い。
神楽の働く店で彼の姉、妙はホステスとして働き、新八もその店の裏の手伝いをしていた。

彼らの住処であった地上の道場は、
彼らの努力もむなしく固定資産税の未納で取り上げられたが、
今は剣術学校として利用されているという。
ふたりはそれを機に地上を棄て、この地下の盛り場で働くことにしたのだった。
新八は実の弟のように銀時の世話を焼き、おやつを持ってきてくれたり、
竹刀で剣の相手をしてくれたりするので銀時もよく懐いていた。

「おい新八。今日は何持ってきてくれたの?イチゴ牛乳かあ?饅頭かあ?」
「ごめん~、今日はナシ」
「ふん、ケチンボだな!だからお前はいつまでも新八なんだよ!」
「何におう、新八で悪いか!というか馬鹿にすんな」
遠慮なしに会話が出来る関係はまさしく兄弟…
だがいつも新八の方が負けている感じがするが、
こういうのも懐くというのだろうか?

「あらん、銀ちゃん、おはよう~うふん」
入ってきたのは眼鏡に長髪、巨乳の猿飛あやめ、通称さっちゃんである。
彼女は近くの「くの一カフェ」で働いていた。
いつも馴れ馴れしく銀時に触ったり抱きついたりしてくるので大の苦手だったのだが、
さっちゃんの方は一向に気にしないようで今朝も銀時にベトベト抱きついている。

「ねえ、銀ちゃん、銀ちゃんがもうちょっと大きくなったらねえ、アタシがねえ、
筆おろしをしてあげるからさ、
うふん、それまで悪いお姉さんに引っかかっちゃたりしたらダメだからねえ~」
「ああ、もううるさいってば!」
銀時が邪険にその腕を振り払うがさっちゃんの方はひるまない。
「悪いお姉さんってのはテメエのコトだろうがよ!
あっち行け!」
「あらん、可愛らしいわ、うふん」
「言っとくがな、俺は積極的な女は嫌いなんだよ!」
「あらん、可愛らしいわ、うふ~ん」
(なんなんだよ、このオンナ、チクショウ~)
「ほらさっちゃんも、コーヒーだろ」
「あらん、嬉しいわ、いい匂い」
ようやっと銀時から離れて、さっちゃんは湯気の立つコーヒーカップを受け取った。

猿飛あやめは幕府から派遣されてこの吉原を監視する任務を負っている。
この遊郭では地上では交わされない重要機密の話などがあちらこちらで飛び交っているので、
遊女たちからさまざまな情報を集めては地上からやってくる幕府幹部に流しているのだ。
この事実はお登勢しか知らないことなのだが。

「さあ神楽ちゃん、そろそろ行きましょう。時間ですよ」
新八が時計を見る。
ホステス達が帰った後の掃除や食物の補給、
買い出しや下準備などやることは山積みだった。

「ああ、もうそんな時間アルか…」
だるそうに椅子から立ち上がる神楽。
「私も行かなくちゃな~っとお」
さっちゃんも椅子から飛び降りた。
「皆さん、行ってらっしゃいませでございます」
たまもにこやかに首をかしげる。
「今日も一日元気でやるんだよ、みんな」

お登勢がその場を締めた。
これがいつもの「朝」だった。


がらんとしてしまった土間には、お登勢がコップ類を洗う音とたまが床を掃く音しかしない。
銀時はこのまとわりつくような静けさが嫌いだった。
自分がまだ子どもであることを痛感するのだ。
何も出来ない辛さもあるが、
自分や友達が「保護されている」ということを認めざるを得ないのがいたたまれないのだ。



自分ら3人を置いていってしまった松陽先生…
もう死んでしまった先生…
大きな悲しさがその身を包む。


「おはよう…ございます…お登勢さま…」
白い寝間着の襟を直しながら、桂小太郎が入ってきた。
胸に大事なエリザベスを抱いて…ああこれは商品名をステファン人形というのだが、
小太郎が命名したのだ。
白くて目と口が大きい、昔に流行ったオバケのなんとかというキャラにそっくりな人形。
ちっとも可愛らしくない風貌なのが可愛らしいと言うのだが、
銀時にはそんな小太郎の気持がまったく理解出来ない。
だがその人形を抱いている小太郎は可愛らしい。

大きな真っ黒い瞳に、整った口元、長くてまっすぐな豊かな黒髪を下ろしている姿は、
育ちの良い女の子にしか見えない。
事実、この風貌のおかげで小太郎を贔屓にする客も多いのだ。

「おはよう、小太郎。牛乳飲むかい?」
「はい…頂きます…」
お登勢が汲んでくれた牛乳のコップを受け取る。
「いつもありがとうございます…お登勢さま…頂きます…」

小太郎のお登勢に対する言葉はいつも丁寧だ。
かつて先生の塾で学んでいた時には彼は級長だった。
銀時、晋助と共にこの寺田屋に来てからも、級長然とした態度を崩すことはなかった。
だからウザイ、と銀時は思う。
もうここは村塾じゃない、江戸だ、吉原なんだと言うと小太郎はいつもこう言うのだ。
「銀時。物事に感謝を忘れてはならないと、先生は事有るごとにおっしゃっていたではないか」
「……」
反論するとその反論が倍以上返ってくるので、銀時は放っておくことにしている。
特に朝は。
一際、小太郎の機嫌が悪いからだ。
いや討論になることも有るけどね。

小太郎は飲むのを途中で止めてお登勢に問う。
「あの…晋助が起きたら、晋助の分も頼んでもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ、小太郎。大丈夫だからそれをお飲み」
「はい…ありがとうございます…」
こくんと小太郎の喉が鳴るのを忌々しく聞く。

まったく…コイツはもう~はい、さすがに級長さんですね、
俺はさっさと全部飲んじゃいましたよ、ええ。
空のコップを置くと、小太郎はきっと銀時を見やる。
「銀時。今日は晴太と約束した日だぞ。昼には出なければならぬ。
晋助が起きる前に掃除もしなくてはならぬ。
忙しいぞ」
「ヘイヘイ、覚えてますよ、てば」
「ではさっさと着替えなくてはならないな。さあ急ごう」
「ヘイヘイ、ヅラ級長~」
「ヅラじゃない、桂だ!」
「ヅラヅラヅラ~♪」
「待て、銀時~」

ふたりはつっつき合いながら走り出す。
カウンターの椅子をひっくり返した。
そして大声で笑っていた。


そんなふたりのやりとりを、お登勢とたまは微笑みながら見送った。















 
目覚めなければいい  




その1  08.10.3



太陽の光も届かない地下の街。
古びた家屋の一部屋で、銀時は目を覚ました。
だるそうに顔の向きを変えると、手を伸ばして「友達」を探す。
横には友達ふたりが寝ているはずだったが、今朝はひとりしか居なかった。
部屋のどこかに転がっているのかと眠い目で探してみたが、
短い黒髪のやつは見当たらなかった。
そうか…と銀時は悟る。
(「泊まり客」が入ったのだな…)
もうひとりの友達、長い黒髪の方は、
銀時に寄り添うかのように身を丸くして小さな寝息を立てていた。
そっとその前髪に触れると、うう~んと声を上げて向うを向いてしまった。
(ごめん…起こしそうになっちゃったよ…)


これが現実だ、夢じゃない… 

「ほら起きな。トマト持ってきたから」
これもいつものことだ。毎朝のように起こしに来る忍者装束に似た出で立ちの女性、
月詠だった。
「あれ…晋は居ないのか…」
「うん」
「…そう…。じゃこれ食べなよ」
月詠は小さなトマトを3つ銀時の手に乗せると、にこりとひとつ笑って行ってしまった。
もっとたくさん話していけばいいのに…と
名残惜しそうに銀時はその後ろ姿を目で追ったのだった。

銀時は受け取った小さなトマトを見つめる。
銀時らがここ江戸に来る前に居た所では、もっと大きなトマトが生ったものだ。
みんなで水をやり、成長を楽しみに観察し、
もいだ後には誰が一番大きなトマトを食べるかで喧嘩にもなった。
じゃんけんで負けたりすると腹を立て、くってかかったりするからだ。
それを微笑みながら見ている先生は、大きなため息をついていたのを思い出す。

そんな平和で楽しかった日々はもう戻らない…



すっと襖が開くと、晋助だった。
髪もくしゃくしゃで着物もやっと帯でずり落ちるのを免れている状態だった。
顔も青白く見える。寝ていない様子だ。
「おう…トマト食べるか?」
「…」
晋助は返事もせず、一度じろっと銀時の方を睨んだが、
そのまま布団の中へ潜り込んでしまった。
「ね、腹減ってない?」
「…」
晋助は頭から布団をかぶると、そのまま向こうを向いてしまった。
「…食っちまうからな」
布団の中からの返事は無かった。
しばらくして、布団が小刻みに震えているのが見てとれた。
泣いているのかもしれなかった…

何をされたかは分らないが、大体の想像はつく。
俺達のような子どもでも客は手加減などしないし、痛みや屈辱の連続のような夜の仕事は、
生きていく為とはいえ泣かずにいられない事もしょっちゅうだった。
それでも大人たちに混じって生きていく手段として、可愛らしい子どものふりをするのも、
銀時らが身につけた術でもあった。
自分たちをこの場所に連れてきた松陽先生は既にこの世の人ではなく、
かつての知り合いということでこの妓楼「寺田屋」のお登勢の元に引き取られてから、
銀時たちはここで色子として働き始めたのだった…


銀時はトマトを齧りながら部屋を出た。
外はもう朝らしく、働き始めた人達の声が聞こえる。
この寺田屋のある吉原桃源郷は、
中央暗部の手により支えられている言わば一個の国であり、
幕府から黙殺されている超法的空間だ。
窓はあっても眺める空、まぶしい太陽、そよぐ風など一切なく、
時間というものが全く分からない地下遊郭。
いや時間など有っても無くてもここで働く者たちにはもはや何の役にも立たない。
昼夜を問わずに開く店、妓楼、飲食店、飲み屋、博打屋など、
地上のかぶき町と同様の盛り場であるこの街には時間も季節も関係がないのだ。
男も女も大人も少数だが子ども達も、今日を生きるのに精一杯で、
他人のことに構っていられる余裕は無い。
そして希望も未来も無い…
この街で働く者達はそれぞれが大小さまざまな過去を背負い、
地上で生きていくことが出来なくなった者達の、言わば最後の場所だったのだ。
いったんこの街で暮らすようになると再び地上に出ることは叶わない。
地上からこの地下へやってくる客は、高い費用を払って通行手形を買い、
大門と呼ばれる関所で見せ、通行が自由になる仕組みだ。
その手形には指紋による身分証明が施されている為、
その手形を手に入れても地下の人間は地上へ出ることは不可能だった。
だが地上を棄てた人間たちには、やっと見つけたこの吉原桃源郷での暮らしが、
それなりに納得のいくもののようである。
周りの人間全てがそれぞれに深い事情を抱えているので、
一人いじける必要がないからであろう。
それでも銀時たちの周りには気の良い人物が大勢居た。
お登勢の経営する寺田屋には、その女将の人柄ゆえか、
いつも温かく銀時たちをかまってくれる大人達が集まってきていた。
今も銀時の前に男がひとり立っている。

「お~、起きたの。いいねえ、トマト」
「やらねえよ」
「いやだなあ~、銀時ぃ、子どもが食ってるのをくれとは言わないよ~さすがに俺でもさ」
(ふん…言いそうじゃん…)

黒い安物のグラサンをかけ、髭を蓄えても中身が伴わない情けないおじさんの風体な男は
長谷川泰三という。
彼は地上でもろくに働かない、いい加減な男だった。
女房に家を出ていかれ、自棄になり電車内での痴漢行為に及び、そのまま投獄された。
出所後は地上で生きるのを諦めたのか、この地下遊郭「吉原桃源郷」で働いている。
働くといっても特技も何もないので、この寺田屋では使い走りや家事を、
もそもそと手伝っていた。
彼は表を掃くのか、屋外用ほうきを手にして咥えタバコから煙を吐き出している。
(なに…やる気無さそうだなあコイツ…いつも!)

銀時はトマトをかじりながら、階下へ降りて行く。
この店の玄関にあるスナック形式の土間では、
地下で働く人々の休憩時間に茶や酒を出していた。
「おはようございます、銀時さま」
「おはよ、たま。その『様』はいらねえってばよ」
「そうですか、ではデータに付け加えておきます、
銀時さま」
「…」
銀時はそっぽを向きながら、残ったトマトを全部口へ押し込んだ。
酸っぱい味が眠気を吹き飛ばしてくれる。


たまは機械で出来たメイドだった。
抜群の器量良しで、人間なら太夫にも、と思われる。
だが天然なボケで真面目なのかいい加減なのかも判断出来かねる事を言ったりするが、
言いつけられたことはきちんと出来る優秀なメイドであり、
寺田屋では重要なスタッフの一人だ。
かつて勤めていたからくり技師の研究所は、違法のからくりメイドを多く売却したのが発覚し、
所長は自殺、その後はこのたまも廃棄処分になる所を、同じからくり技師である平賀源外に改造され、
ようやっと助かったのだ。
その後にお登勢の元にやってきた。
からくりでは見世にも出せない。
よって酌や配膳、掃除などを手伝っている。

銀時はスナックのカウンターに腰掛ける。
「…晋は戻ったかい?」
「うん、さっき」
「そうかい」
お登勢は深くひとつ溜息をついてから、そっと銀時の前に牛乳が満たされたコップを置いた。
煙草の煙を吐き出すとどこか寂しげな目で銀時を見た。
だが銀時はそれを無視した。

止めてくれ…俺はそういうのは嫌いなんだ…















 

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